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12.鎮静
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しおりを挟む兼子の隣に立つ俵が聞いた。
俵は兼子の直属の上司だ。
部下の不始末にはショックだろう。
だが、俵の表情はいつもと変わらず無表情で、ショックを受けているようには見えない。
兼子は俯いたままチラッとだけ上司に視線を向けた。
「さっきも言ったように――」
「――林海きらりが好きだから? 数日分の残業代なんて半端な金額を貢いで、彼女が自分を見てくれると? だったら、ブランド品やアクセサリーの方がよほど効果的でしょう?」
「そんな高価なものは買えませんから」
「矛盾していますね。きみの残業単価と彼女の残業単価を比較したら、きみ自身が残業した方が高い。ならば、きみが稼いでプレゼント代の足しにする方が合理的だ。なんなら、それをネットで売った方が彼女の利益にもなる。きみは、それがわからない人間じゃないと思うが?」
怒っているな、と思う。
恐らく、欣吾もそう思っている。
その証拠に、欣吾が俺を見て唇を捻った。
普段、感情を表に出さない奴がそうすると、手に負えないことが多々ある。
俺と欣吾にとって俵はその最たる者だ。
「私は、私の部下が、女を堕とすために小銭を貢ぐのも、その方法が犯罪的なことも、到底信じられない。そうやって誘導したのなら納得だが」
ああ、間違っていた。
怒っているのではない。激怒している。
「誘導なんて……。必死だったんです。きらりさんに僕を見てほしくて――」
「――嘘ですよね」
すぐ真横から声がして、首を回す。
「林海さんを好きだって……嘘ですよね? だって、さっき、笑ってた。社長が『娘と一緒に出て行け』って言った時、あなた笑ってた」
それで、梓は難しい顔で兼子を見ていたのか。
「好きな女が死刑宣告を受けたも同然の状況で笑えるなんて、普通じゃないな」
もはや、言葉遣いすら崩れている。
俵は俺を敵視しているところ以外、まっとうな男だ。優秀で、若くして社長秘書となり、秘書室長にもなった。
父さんも、一目置いている。
その俵が、見るも明らかに怒っていて、重役の前でもそれを隠していない。
これは、兼子が口を割る以外に収集はつかないだろう。
「兼子。お前が林海きらりを唆して残業代不正受給に手を貸した。そして、俺と木曽根さんの食事の様子を社内メールで拡散したのもお前だ」
「え――?」
「社内のパソコンの内蔵カメラを確認すれば、誰が誰のパソコンで、誰のアカウントを使って送信したかなんて簡単にわかるんだよ!」
確認したのは欣吾だが。
メールの件は全面的に俵に預けていた。
彼がそう望んだからだ。
「ならば、同時に送信されたメールも知っているんですよね?」
兼子が、それまでとは別人のように背筋を伸ばし、余裕の笑みを浮かべて言った。
欣吾を見る。
欣吾が慌てて首を振る。
俵を見ても同様だった。
「なるほど。時間指定で送信したメールについてはバレていなかったんですね」
時間指定!?
恐らく、メールが送信された日時に送信したアカウントとパソコンを突き止めただけだったのだろう。同時に送信されたもう一つのファイルにまでは気づかなかった。
「良かった。なら、今頃騒ぎになっているでしょう」
「皇丞!」
タブレットを持った欣吾が、俺と梓の間に身体をねじ込む。叩きつけるように置かれたタブレットを覗く。
俵も俺の頭上から覗いた。
「うわ……」
いわゆる、ハメ撮り。
林海きらりの、モザイクなしのセックスシーン。
男に跨って背を反らしている姿。
壁に手をついて後ろから男に突き立てられている姿。
自分で両足を抱えて男を誘っている姿。
動画のファイルもあるが、開かなくても想像できる。
「欣吾。削除できるか」
そう言った時には、既に欣吾は俺の隣にはいなくて。
元の場所でパソコンを操作している。
「もうやった。社内のパソコン内の同じファイル名で検索をかけたから、別名で保存されたり転送されたらアウトだ!」
「くそっ――!」
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