復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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12.鎮静

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 バンッと低く重みのある音が響く。

 手塚副社長が、握りしめた手を机に叩きつけた。

「娘が可愛いのはわかる。望んで願ってやっと無事に生まれてきてくれた子だ。お前がどれほど喜んだかも、知っている。だからこそ! 善悪と分別をしっかり教えてやるべきだったんじゃないのか!?」

 昔。俺が子供の頃。まだ父さんが専務だった頃、当時は現場にいた手塚副社長と林海専務、三羽常務はよく家に来ていた。

 みんな同世代で、良き仲間、良きライバルで、後輩の総務部長や経理部長も一緒の時もあった。

 飲んで仕事の話をするとよく喧嘩していたが、いつの間にか笑ってる大人たちを不思議に思ったものだ。

 社長――父は俺に、彼らが会社の柱だと話してくれた。

『父さんを支えてくれる、大事な柱だ。父さんは、彼らが支え続けたいと思うような社長になりたいんだ。屋根みたいなもんだな』なんて笑ってた。

 それが、父さんが社長に、手塚さんが副社長に就任した頃から、徐々に誰も来なくなった。

 どうしてかと聞いたのはいつだったか。

『柱同士が近すぎると、安定感がなくなるからな。屋根が傾く』

 そう言って、父さんはやっぱり笑ってた。

 今ならわかる。

 昔のように飲み交わさなくなっても、目指すところは同じだと。

 なのに、林海専務は屋根になりたくなった。

 可愛い娘を雨風から守るための屋根に。

 それだけではない。

 より大きな屋根になりたくて、他人の屋根の下で娘を守った。

 そして、娘は勘違いした。

 この大きな屋根は私のためのものだ、と。



 ま、そんな美談で許されるわけないが。



「そんなに副社長になりたかったか?」

 社長が聞いた。

 その表情や声は『社長』のものではなく、同志に問う『男』のもの。

 怒っている。同時に嘆いている。

 俺ですら滅多に見たことがない、父さんのむき出しの感情。

「あの頃からだろう? お前が俺たち――」

「――まさか! 当時の俺はしがない営業部長だ。副社長になど――」

「――しがない総務部長だった俺が副社長に抜擢されたのが、そんなに悔しかったか!」

 手塚副部長が挑発するように語尾を強める。

 林海専務はグッと唇を結び、カッと目を見開いた。

「……っ当然だろう! 営業でも経理でもない、総務だぞ!? なんで――」

「――手塚もそう言った。現場の実績があるお前や三羽の方が副社長に相応しいと。だが、俺は手塚を選んだ。あの頃、俺たちの中で誰よりも社員を思い、社員のために尽くしていたのがこいつだったからだ。利益や生産性も大事だが、全ては社員あってこそだ。それを忘れないために、俺は手塚を副社長にした。俺は判断を後悔したことはない!」

 はぁ、とため息をついたのは、三羽常務。

「バカ野郎……」

 それがすべて。

 専務はただの大バカ野郎だ。

 専務はがっくり肩を落とし、ガタンッと勢いよく椅子にへたり込んだ。

「娘と一緒に荷物をまとめて出て行け」

 そう言った社長は眉間に皺をよせ、目を閉じた。

 終わりだ。

 ふぅっと静かに息を吐く。

 専務ときらりの排除は完了した。

 決して後味はよくないが、懲戒解雇処分には満足だ。

 ところが、梓は難しい表情をしている。

 彼女の視線の先には、兼子。

「兼子くん、きみも処罰の対象だ」

 副社長が言った。

「はい……」

 兼子は背中を丸めてペコッと頭を下げた。

 梓が首を回して俺を見る。じっと。

 見つめるというより、何か言いたげに。

「どうか――」

「――どうしてこんなことをしたんですか?」
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