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18.私の身体が濡れたから
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しおりを挟む「え? ここ?」
駿介が真上を見上げて言った。
「うん、ここ」
私は彼の腕に自分の腕を絡ませて、歩き出す。
未来ちゃんが生まれてから一週間後の金曜日、私は定時ぴったりに駿介をタクシーに押し込んだ。
彼に知られないように、行き先のメモを運転手さんに渡した。
で、着いたのが、ここ。Empire HOTEL。
エレベーターに乗り込み、三十五階のボタンを押す。
「麻衣、なんなの? なんでこんなとこ――」
「――たまにはいいじゃない。駿介の、ちょっと遅い誕生日祝いと、社労士試験の慰労会ってことで」
二週間前の試験の為に、駿介はずっと頑張って来た。その二日前の誕生日もそっちのけで。
とは言っても、受験を決めてから一年もなくて、かなり厳しい状況だった。それでも、所長たちも協力してくれて、駿介の業務を少しずつ分担して、勤務時間内でも勉強できるように気遣ってくれた。だから、余計にプレッシャーに思っているようだけれど、実はみんな、『初回は場慣れ』と思っている。
「あ! こういうとこって、服装! ほら、なんつったっけ? ちゃんとしないと――」
「――ドレスコード?」
「そう! それ。俺、なんか、ヨレヨレだし――」
「――大丈夫だよ」
駿介が慌てて、ジャケットの裾を引っ張たり、パンツの皺を伸ばしたりする。
私はバッグの中の、予め口を開けておいた箱から中身を取り出し、彼に差し出した。
「はい」
「え?」
「ネクタイはあった方がいいかな」
事務所では、来客や外勤時以外はネクタイの着用は義務ではない。だから、駿介がネクタイを鞄と机の引き出しに入れてあることは知っていた。今も鞄に入っているだろうけれど、私が用意したネクタイを締めて欲しかった。
「ちょっと遅くなったけど、誕生日プレゼント」
大剣に控え目にGIVEN○HYの文字が入っている、シルクのブラックタイ。
「え? なに? めっちゃ手触りがいいんだけど」
「シルクだからね」
「マジで? うわぁ……」
新しいおもちゃを前にした子供の様で可愛いけれど、三十五階はもうすぐだ。
「ほら、ちゃっちゃと結ぶ!」
駿介は目を輝かせて、いつもより丁寧にネクタイを結ぶ。その仕草が、やけに男らしく感じて、ドキッとしてしまう。
僅かな歪みを直し、ネクタイと同じブランドのタイピンを挿す。
「さ、行こう」
展望レストランの、窓側の席を予約してあった。料理もコースで注文済み。
駿介は色々と聞きたそうだったけれど、さすがにこの場で私を質問攻めにするのは場違いだろうと、一生懸命平静を装っていた。
きっと、緊張して味なんてわかってないんだろうな。
音をたてないようにフォークやスプーンを使うのでいっぱいいっぱいらしく、口数も少ない。
居酒屋でビールを飲んでいる方が落ち着くのはわかっていたけれど、私は今日、どうしてもここに来たかった。
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