3 / 231
1 心の距離
3
しおりを挟む
「もし、冨田が不倫をしていて、それが原因で札幌に来たんだとしたら、お前はどうするんだ?」
「……」
「過去は関係ない、なんて綺麗ごとだよな」
差し出されたナッツを指で摘まみ、口に入れた。
「札幌に来る前の噂はどうだか知らねーけど、昔のはデマだったな」
「昔の?」
「そ。冨田、敵を作りやすいだろ。恥をかかされた奴や、自分よりデキる女が気に食わないって奴のやっかみや嫌がらせで、あらぬ噂を立てられることはしょっちゅうらしい」
「否定、しないんですか?」
「言いたい奴には言わせておけばいい、ってさ」
「はっ――! 男前」
「全くだ」
男前、という意味では、彩と似ている。
「俺の知ってることを話すのは簡単だけど、本人から聞くのが一番確実だと思うぞ?」
「わかっては……いるんですけど」と、千堂が頬杖をついた両手で顔を覆う。
「大体、俺から聞いたら顔に出るだろ、お前。どうせ気まずくなるんなら、本人に聞いとけ」
「はぁーーー……。俺、そんなわかりやすいですか?」
「ああ。彩が、社内で隠せてることに驚いてたぞ」
「それはもう……、めちゃくちゃ気を付けてますから」
一部では噂になっていることは、黙っていた。
彩が言うには、休日に二人が歩いているのを社内の人間が見ていて、付き合っているのではと噂になっているらしい。
「とにかく!」と言って、俺は立ち上がった。
今度こそ、財布から五千円札を出し、テーブルに置く。
「お前は彩を名前で呼ぶのをやめろ!」
「そこ!?」
「お前と冨田がどうなろうが、俺には関係ないからな」
「うわ。冷てぇ……」
「なら、冨田に温めてもらえ」
背もたれに掛けておいたコートを持ち、グラスに少しだけ残っているビールを飲み干す。
「千堂。俺も不倫はどうかと思う。お前ほどじゃないだろうが、そんな泥棒猫みたいな真似をする人間は軽蔑する。だが! 俺は冨田を軽蔑していない。呆れてはいるけどな。意味がわかったら、グチグチ言ってないでさっさと冨田のところに行って聞いて来い」
俺こそ、さっさと店を出た。
千堂が冨田のところに行ったかは、知らない。どうでもいい。
俺は、早く帰りたかった。
彩が待っている。
俺は、電車に乗らず、タクシーで帰った。その方が、十五分は早く帰れるから。
千堂と店にいたのは一時間ほどで、それに比べたら十五分なんて惜しむほどの時間じゃないかもしれないが、それでも良かった。
それくらい、俺は早く帰りたくて堪らなかったのに、彩の第一声はこうだ。
「あれ? 早かったね」
この温度差よ。
出迎えた彩がくるりと向きを変え、背を向ける。
「ご飯は――」
背後から抱き締めた。
「お前が行って来いなんて言わなきゃ、とっくに飯にありつけてたんだよ」
「千堂課長が智也を誘うなんて、珍しいじゃない」
「千堂に誘われて嬉しいかよ」
「……」
「過去は関係ない、なんて綺麗ごとだよな」
差し出されたナッツを指で摘まみ、口に入れた。
「札幌に来る前の噂はどうだか知らねーけど、昔のはデマだったな」
「昔の?」
「そ。冨田、敵を作りやすいだろ。恥をかかされた奴や、自分よりデキる女が気に食わないって奴のやっかみや嫌がらせで、あらぬ噂を立てられることはしょっちゅうらしい」
「否定、しないんですか?」
「言いたい奴には言わせておけばいい、ってさ」
「はっ――! 男前」
「全くだ」
男前、という意味では、彩と似ている。
「俺の知ってることを話すのは簡単だけど、本人から聞くのが一番確実だと思うぞ?」
「わかっては……いるんですけど」と、千堂が頬杖をついた両手で顔を覆う。
「大体、俺から聞いたら顔に出るだろ、お前。どうせ気まずくなるんなら、本人に聞いとけ」
「はぁーーー……。俺、そんなわかりやすいですか?」
「ああ。彩が、社内で隠せてることに驚いてたぞ」
「それはもう……、めちゃくちゃ気を付けてますから」
一部では噂になっていることは、黙っていた。
彩が言うには、休日に二人が歩いているのを社内の人間が見ていて、付き合っているのではと噂になっているらしい。
「とにかく!」と言って、俺は立ち上がった。
今度こそ、財布から五千円札を出し、テーブルに置く。
「お前は彩を名前で呼ぶのをやめろ!」
「そこ!?」
「お前と冨田がどうなろうが、俺には関係ないからな」
「うわ。冷てぇ……」
「なら、冨田に温めてもらえ」
背もたれに掛けておいたコートを持ち、グラスに少しだけ残っているビールを飲み干す。
「千堂。俺も不倫はどうかと思う。お前ほどじゃないだろうが、そんな泥棒猫みたいな真似をする人間は軽蔑する。だが! 俺は冨田を軽蔑していない。呆れてはいるけどな。意味がわかったら、グチグチ言ってないでさっさと冨田のところに行って聞いて来い」
俺こそ、さっさと店を出た。
千堂が冨田のところに行ったかは、知らない。どうでもいい。
俺は、早く帰りたかった。
彩が待っている。
俺は、電車に乗らず、タクシーで帰った。その方が、十五分は早く帰れるから。
千堂と店にいたのは一時間ほどで、それに比べたら十五分なんて惜しむほどの時間じゃないかもしれないが、それでも良かった。
それくらい、俺は早く帰りたくて堪らなかったのに、彩の第一声はこうだ。
「あれ? 早かったね」
この温度差よ。
出迎えた彩がくるりと向きを変え、背を向ける。
「ご飯は――」
背後から抱き締めた。
「お前が行って来いなんて言わなきゃ、とっくに飯にありつけてたんだよ」
「千堂課長が智也を誘うなんて、珍しいじゃない」
「千堂に誘われて嬉しいかよ」
1
あなたにおすすめの小説
【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら
深冬 芽以
恋愛
インテリアデザイナーの相川千尋《あいかわちひろ》は、よく似た名前の同僚で妻と別居中の有川比呂《ありかわひろ》と不倫関係にある。
ルールは一つ。
二人の関係は、比呂の離婚が成立するまで。
その意味を深く考えずに関係を始めた比呂だったが、今となっては本気で千尋を愛し始めていた。
だが、比呂の気持ちを知っても、頑なにルールを曲げようとしない千尋。
千尋と別れたくない比呂は、もう一つのルールを提案する。
比呂が離婚しない限り、絶対に別れない__。
【ルーズに愛して】シリーズ
~登場人物~
相川千尋《あいかわちひろ》……O大学ルーズサークルOG
トラスト不動産ホームデザイン部インテリアデザイン課主任
有川比呂《ありかわひろ》……トラスト不動産ホームデザイン部設計課主任
千尋の同僚
結婚四年、別居一年半の妻がいる
谷龍也《たにたつや》……O大学ルーズサークルOB
|Free Style Production《フリー スタイル プロダクション》営業二課主任
桑畠《くわはた》あきら……O大学ルーズサークルOG
市役所勤務、児童カウンセラー
小笠原陸《おがさわらりく》……O大学ルーズサークルOB
|Empire HOTEL《エンパイアホテル》支配人
小笠原春奈《おがさわらはるな》……陸の妻
|Empire HOTEL《エンパイアホテル》のパティシエ
新田大和《にったやまと》……O大学ルーズサークルOB
新田設計事務所副社長
五年前にさなえと結婚
新田《にった》さなえ……O大学ルーズサークルOG
新田大斗《にっただいと》……大和とさなえの息子
亀谷麻衣《かめやまい》……O大学ルーズサークルOG
楠行政書士事務所勤務
婚活中
鶴本駿介《つるもとしゅんすけ》……楠行政書士事務所勤務
やさしいキスの見つけ方
神室さち
恋愛
諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。
そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。
辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?
何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。
こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。
20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。
フィクションなので。
多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。
当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
年下研修医の極甘蜜愛
虹色すかい
恋愛
医局秘書として市内の病院に勤務する廣崎彩27歳。普段はスマートに仕事をこなすクールな彼女だが、定期的にやって来る「眠れない夜」に苦しんでいる。
そんな彩に、5年越しの思いを寄せる3歳年下の藤崎仁寿。人当たりがよくて優しくて。仔犬のように人懐っこい笑顔がかわいい彼は、柔和な見た目とは裏腹に超ポジティブで鋼のような心を持つ臨床研修医だ。
病気や過去の経験から恋愛に積極的になれないワケありOLとユーモラスで心優しい研修医の、あたたかくてちょっと笑えるラブストーリー。
仁寿の包み込むような優しさが、傷ついた彩の心を癒していく――。
シリアスがシリアスにならないのは、多分、朗らかで元気な藤崎先生のおかげ♡
*****************************
※他サイトでも同タイトルで公開しています。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる