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3 誰もが持つ裏の顔
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しおりを挟む「荻野さんはどうして営業の仕事がしたかったの?」
移動中、聞いてみた。
荻野さんは土地勘がないから、運転は私。
荻野さんの膝の上のファイルは、今から行く得意先の過去の取引に関する資料で、荻野さんの異動前に私がまとめておいたもの。
昨日の帰りに渡したのだが、今朝、彼女の机の上にあった。そして、車に乗ってからも、彼女がそのファイルを開く様子はない。
「出会いが多いから、です。経理の仕事は限られた人たちと事務的な会話を交わすだけですけど、営業はたくさんの人と関われるじゃないですか。花形部署ですし」
なるほど。
素直な人だな、と思った。
最後の『花形部署ですし』と付け加えたところが。
「ご実家は函館?」
「はい。三日前まで実家暮らしでした。一人暮らしも念願だったんです」と、荻野さんは声を弾ませて言った。
窓から札幌の雪景色を眺めるその瞳は、好奇心に満ち溢れているのだろう。
新しい環境で新しい仕事に就くことを楽しめるのは、性格なのか若さなのか。とにかく、どちらも私にはないもので、微笑ましく、羨ましく、少し心配にもなった。
そして、帰りの車内では、心配しかなくなった。
取引先に向かう車内でファイルが開かれることはなく、打ち合わせに同行もさせてもらえず、帰りの車内に至っては、後部座席に移動させられてしまった。
私は言ったのに。
『ファイルを持って行った方がいいよ』と。
彼女は言ったのに。
『はい』と。
私は教えたのに。
『名刺は必ず両手で持って渡すこと』と。
彼女は言ったのに。
『わかりました』と。
けれど、彼女は初対面の、父親ほど年の離れた企画部長に対して、鞄を片手に持ったまま名刺をポケットから取り出し、そのまま片手で差し出した。
ギョッとしたし、変な汗で背中が湿った。
部長は何も言わなかった。
同席していた三十代前半くらいの主任も驚いていたけれど、何も言わずにいてくれた。
最初に私が『昨日付で営業部に異動してきた』と前置きして荻野さんを紹介したから、大目に見てくれたのかもしれない。
けれど、打ち合わせ中もメモを取ることもなく、出されたお茶を無言で早々に飲み干し、後はにこにこしているだけの彼女を見る部長の視線は厳しかった。
「指導不足で申し訳ありません」
私は荻野さんを先に退席させて、部長に頭を下げた。
「いえ。わかりますよ」と、部長は言った。
「本来、指導の必要がない『常識』が通用しない若者が多いんですよね。こういう言い方をすると、時代遅れだのパワハラだのと言われてしまいますけど」
「いえ。わかっていると思い込んで指導しなかった私の落ち度です」
私はもう一度頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
部長は謝罪を受け入れてくれた。
荻野さんは部屋の前でスマホを弄っていた。壁に寄りかかって。
何から教えたら……。
私はため息をグッと飲み込んだ。
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