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8 彼が愛した女性《ひと》
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しおりを挟む智也に、凪子さんから益井課長との過去を聞いたことは、言っていなかった。
わざわざ『聞いた』と報告したところで、気まずいだけだと思った。
けれど、今日が益井課長の着任日だと知っていながら、話題にしないのはかえって不自然。
智也もそう思って電話をくれたんだろうけれど、どちらからともなく、彼女の話題を避けていた。
「智也って奥山商事の創業四十周年の時に携わったんでしょ?」
『ああ』
「けど、十年前って東京にいたんじゃなかった?」
『ああ。奥山の四十周年の時の一課の担当だった当時の課長が、俺が本社にいた時は主任だったんだけど、俺を買ってくれててさ。その頃の二課の課長が癖のある人で、企画部長とソリが合わなかったんだよ。課長が外された仕事をその部下がやりたがるはずもなくて、俺に白羽の矢が立ったんだ。本社勤務が長かったから勝手を知ってるし、二課長としがらみはないし』
「なるほど」
『で、奥山での仕事を評価されて、ちょうど二課長の異動で主任のポストが空くってことで、本社に戻ったんだ』
「それは――」と言いかけて、やめてしまった。
智也はこういう中途半端が嫌いだ。だから、私もあまりしない。ようにしていたのに。
なんでもない、と言うと彼が不機嫌になることはわかっている。だから、私は言葉を続けた。
「益井課長と別れた後、ってことよね?」
『……ああ』
なんとなく、沈黙。
切り出し方はともかく、避けては通れない話題だ。そして、きっと、智也からは言い出せない。
「綺麗な人ね、益井課長。実年齢よりずっと若く見える」
『……そうか?』
「智也、ショートの髪が好きなの?」
『え?』
「サラサラのショートヘア、可愛いなと思って。私には似合わないんだけど」
『……』
智也の沈黙に、言い方が嫌味っぽかったかと考えた。正直な感想だったけれど、私に元カノを褒めるようなことが言えるはずもなく、無神経だったかもしれない。
『髪切ったの知らねーから、わかんねーや』
十年前は長かったのか。
『つーか、彩……』
「ん?」
『気にすんなよ? あいつがお前と仕事することになったから仕方なく話したけど、そうじゃなかったら思い出したくもない女なんだ。俺とのことは予備知識程度だと思って、いつも通り仕事しろよ』
「うん」
胸が痛い。
智也が益井課長を『あいつ』とか『女』って呼び方をするのが、嫌だった。深い意味はないとわかっているのに、智也の本心を勘ぐってしまう自分が、嫌だった。
「わかってる。大丈夫よ」
私はまた、嘘をついた。
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