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21 天国から地獄
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しおりを挟む「すみません!」と、俺も頭を下げた。
「彩さんと別れたくありません。こんな、女にすがるような真似、聞き訳がなくて情けないと思われるでしょうけど、どうしても別れたくないんです」
スーツを着て来て、良かった。
こうなることを予想していたわけではないけれど、良かった。
俺は頭を上げ、正座に座り直し、真正面からお父さんと向き合った。
「彩さんと結婚したいんです。お願いします。彩さんに会わせてください」
テーブルに頭をぶつけるほど深く、頭を下げた。
「会ったところで、彩が結婚を承諾するとは限りませんよ」
「わかっています。それは、時間をかけて説得するつもりです。真くんと亮くんにもわかってもらいたいですし。簡単じゃないことはわかっています。それでも、私はどうしても彩さんと結婚したいんです。必ず幸せにします。真くんと亮くんのことも、大切に育てます。どうか、彩さんを説得するチャンスをください。お願いします!」
もう、額はテーブルにくっついていた。
思いの丈をぶちまけて、あとはお父さんの反応を待つしかできない。
膝で握り締めた拳は、汗でベトベトだ。
世の中の男たちはみな、こんな儀式を経て嫁を貰うのか。尊敬する。
「ひとつ、条件があります」
俺は頭を上げ、唾を飲んだ。
とんでもない条件を突きつけられたらどうしよう。
「子供を望まないでください」
「え――?」
子供!?
「ただでさえ、子連れでの結婚は大変でしょう。いくら溝口さんが真と亮を我が子同然に想ってくれても、実際に我が子が出来たら、真と亮が可愛くなくなるかもしれない。もちろん、そんなことにはならないかもしれないが、そればかりはそうなってみないとわからないことだ。彩の年齢的にも楽なことではないでしょう」
「そう……ですね」
なんだ、と思った。
いや、大事なことではあるが、返事に迷うようなことじゃない。
「わかりました。彩さんとの結婚に、子供は望みません。子供は、真くんと亮くんで十分です」
「いいんですか?」と、お父さんは少し驚いた。
「溝口さんなら、若い女性と結婚して血の繋がった子供を持つことが出来るでしょう?」
「俺は彩と結婚したいんです!」
熱が入って、思わず彩を呼び捨てにしてしまった。が、お父さんは気に留めてないようだった。
それどころか、嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
お父さんはそう言うと、立ち上がった。
「溝口さんは車ですか?」
「え? あ、いえ。電車で来ました」
「そうですか。じゃ、彩の車で行きましょう」
「あ、どこに――」
「会えるかはわかりませんが」
「え?」
状況が掴めないまま、お父さんに続いて玄関に出る。そして、促されるままに車に乗り込む。
エンジンをかけたお父さんが、ようやく口を開いた。
「彩は今、入院しているんです」
車で来なくて良かった、と思った。
冷静に運転なんて出来るはずがなかった。
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