続・最後の男

深冬 芽以

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21 天国から地獄

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「ソファに座っていてください。麦茶よりコーヒーの方がいいですか?」と言って、お父さんが台所に行く。

 彩の家は今と台所が繋がっていて、半分だけ壁で仕切られている。

「あ、お構いなく!」

「コーヒーを淹れる機械があるんですけどね、俺は触ったことがなくて。すみませんが、麦茶にします」

 お父さんの言う機械は、バリスタのことだろう。

 彩が言っていた。

 お父さんは全く家事をしない、と。

 お湯を沸かしてお茶は淹れられても、コーヒーは無理だとも。コーヒーの置き場を知らないからと。

 麦茶の入ったグラスを二つ持って戻って来て、お父さんはテーブルに置いて俺の正面に座った。俺はさすがにソファに座ってお父さんを見下ろす度胸はなく、ソファにもたれるようにラグの上で正座していた。

 緊張していた。

 が、思ったほどではない。

 彩と同じ匂いのする、この家のお陰だろうか。

 壁のコルクボードには、真と亮の写真が貼ってある。

「ああ。足を崩してください。俺も正座は足が辛いので、椅子に座らせてもらいます」

 お父さんは窓際の座椅子を引っ張ってきて座った。

 俺も、正座を崩して胡坐をかいた。

「それで、彩にどのようなご用件でしたか?」

「え……、あ――」

「溝口さんとは別れたと聞いていましたが」

「それはっ――! その、お――私は納得していません。きちんと彩さんと話し合いたいのですが、連絡が取れなかったので……」

「話し合って、どうするつもりですか?」

「それは――」

 お父さんが麦茶を飲み、俺も飲んだ。

 喉が渇いていた。気づけば、一気に飲み干していた。

 そして、本当なら彩に言うはずの言葉を口にした。

「私は彩さんと別れたくありません。彩さんが私と別れようとしているのも、彩さんの本心ではないと思っています」

 俺は、続く言葉を迷った。



 結婚のこと、言った方がいいよな……?



 いい年をした男が別れを拒んで実家にまで押しかけた。親としては、『娘との結婚を考えているんだろうな!』と言いたい心境だろう。

 もともと、そのつもりだ。

 だが、彩本人より先にお父さんに言うことに、少し戸惑った。

 けれど、お父さんに認めてもらえなければ、彩に会えない。

「私は彩さんと――」

「――ありがとうございます」と、お父さんが軽く頭を下げた。

「あなたのような立派な方にそう言っていただけて、彩は幸せ者だ。そのお気持ちだけで充分です」

「え――?」

「溝口さん。私は古い人間です。彩が離婚して帰って来た時、言葉にこそしなかったが、恥だと思いました。あの子がどんな扱いを受けているか知っていたのに、離婚なんて子供の為にはならないし、世間的にもみっともないと思った。だけど、離婚した後の彩は一生懸命働いて、子供の世話で面倒をかけているからと、金銭面では一切頼らなかった。頼りになりそうな恋人が出来ても、結婚して楽になろうとも考えない。それどころか、恋人の負担にはなりたくないからと別れを選ぶような子です。私は、あの子を恥だと思った自分を恥じています。だから、今回はあの子の気持ちを尊重してやりたい。どうか、あの子と別れてやってもらえませんか」

 今度は深く頭を下げられた。

 門前払いより、辛い。

 それでも、受け入れることなんて出来るはずがなかった。
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