偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

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13.力登の願い


 とにかく弟が欲しいと言い張る力登と、どうしたものかと困る大人たち。

 無理もない。

 初めての場所、知らない大人たち、お腹がいっぱいで泣き喚き、喜びはしゃいだ。

 二歳児には限界だ。

 俺はりとに耳打ちする。

「りと、力登を部屋に――」

「――おとーと!」

「力登、落ち着いて――」

「――聞いてもいいかな? 力登くん」

 突然杖が降ってきて、目の前でトンと着地する。

 力登はハッとして喚くのをやめた。

 じーさんがゆっくりとしゃがむ。

「力登くんの弟のママは誰かな?」

「……ママ」

「じゃあ、パパは?」

「……パパ?」

「そう。パパとママがいないと弟は生まれないんだよ」

「パパ……」

 力登とじーさんが見合い、見守る俺たちは息を呑む。

 力登が首を傾げ、何度かパチパチと瞬きをして、歩き出した。

 俺の足元まで。

「力登?」

「あ、思い出したかな?」

 怜人が呟く。



 何を?



「しっちょー」

 俺は片膝をついてしゃがみ、力登と目線を合わせた。

「どうした?」

「パパんなる」

「パパン? 腹が減ったか?」

「ちぁう!」

「力登くん、ゆっくりでいいよ」

 怜人の言葉に、力登がすぅっと大きく息を吸った。

「しっちょー! りき~とぉ~の~」

 喉を傷めそうな力の入った『の~』に、思わず顎が引ける。

 だが、力登は真剣そのもので、大人たちもつられて険しい表情だ。

「パパンッにぃ~なって!!」

 ぴょんっと跳ねながら軽やかに言った『なって!』に、大人たちの肩の力が抜ける。



 パパンになっ……て……。



「力登?」

 ちゃんと言えたことで、本人は満足そうにぴょんぴょん飛び跳ねている。

「もう一回、言えるか?」

「おう! パパンッ」

「そうじゃなくて――」

「――しっちょ、パパなって」

「……」

 壊れた人形のように、ぎこちなくゆっくりと首を回し、りとを見上げた。

 彼女は涙を手の甲で拭いながら、俺を見下ろしている。

「りと。力登が――」

「――パパ!」

 力登が両手を広げる。

 俺は無防備な彼の脇腹を掴むと、抱き上げた。

 そして、抱きしめる。強く。

「おとーとは?」

「……妹かもしれないぞ?」

「いもーと?」

 力登の首筋にぐりぐりと鼻先を擦ると、甘い香りがした。

 毎日抱いていたら、俺も甘い香りを纏うのだろうか。

「……ママがいいって言うかな」

「おう!」

「なんでわかるんだよ」

「ママね! ワンワにちゅって」

「……え?」

「ワンワンね! しっちょーなの」

 俺は腕を緩めて力登の顔を覗く。

「さっきも言ってたけど、ワンワンて?」

「しっちょー」

「俺?」

「いっしょなの」

「……」

 さすがにわからない。

「黒い犬のぬいぐるみ」

 りとが洟をすすりながら言った。

「力登がしっちょーに似てるからって買ってもらったの」

「ねんねしてーの」

「連れてこようとしたから、お留守番ねって」

「ああ……」

「ね! ママいー?」

「え?」

「しっちょーパパなの」

「……それは――」

「――忘れてましたわ! 最後の封筒」

 姫がパンッと手を叩き、力登が驚いて俺の首にしがみつく。

 姫は「あら、ごめんなさい」と肩を竦めた。

 全員の視線がりとの封筒に向けられた。が、俺は身体の背後にりとごと封筒を隠す。

 今、この封筒を開けられるのはマズい。

「これは、後でゆっくり――」

「――ま! 往生際が悪いですわ」

「姫! ――さん。そろそろお開きに――」

 背後でビリッと紙が破かれる音がする。

 俺は、首を傾げため息をついた。



 くそっ――!



 意を決して振り返る。

 りとが薄い紙を凝視していた。

「りと、それは――」

「――……」

 りとは紙を握りしめて俯く。



 婚姻届。


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