サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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3.元上司がルームメイトになりました

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「お前は?」

「はい?」

「俺はもちろん元サヤなんて願い下げだが、お前も元カレに未練はないのか?」

「ありませんね」

「まぁ、あんなトコロを見せられたらな」

「それもありますけど、生理的に無理だと認めざるを得ないなと」

「?」

 篠井さんに言うべきことではないのだが、ここまで恥やら何やら知られてしまった上に、やはり酔っているせいもあって、あまり躊躇いなく口を開いた。

「お風呂に入ってたじゃないですか」

「風呂……? ああ」

「私、恋人と言えども一緒にお風呂は無理なんです」

「はぁ……」

 篠井さんが、若干眉をひそめてわけが分からなそうにポカンと口を開いた。

 私は背筋を伸ばし、彼をじっと見上げる。

「私、お風呂は一人で入りたいんです。なんていうか、一緒に入りたい気持ちが全く理解できません。身体を洗いっこ? 綺麗になる気がしません。ただでさえ足が伸ばせないバスタブなのに、膝を立てて縮こまって一緒に入るメリットとは?」

「いちゃいちゃ……するため?」

「そう!」

 私は人差し指を伸ばして篠井さんに向ける。

「それが! それこそが謎です! なぜ、浴室でヤるんです? 狭い空間で、汗だくで! しかも、立ってって!」

 篠井さんが私の指先を見つめて、寄り目になっている。

「……それは……個人の趣味趣向であって――」

「――はい。個人の性的趣向を非難するつもりはありません。ですが! 私は嫌なんです。なのに! 卓は何度となく一緒にお風呂に入りたいと誘ってきました。私が一人でゆっくり入りたいと断ると、ドストレートに『お風呂セックスがしたい!』と駄々をこねることさえありました。それでも拒み続けた結果が、アレです!」

「なる……ほど」

 興奮しすぎて大声を出したせいで、喉がいがらっぽい。

 私はんんっと喉を鳴らして、深呼吸をした。

「たとえ今回の浮気を許したとしても、きっと卓はまた浮気します。お風呂セックスさせてくれる女性と」

「だな」

「はい」

 言いたいことを言って、すっきりした。

 私はようやくミネラルウォーターのキャップを開けて、飲んだ。

「羽崎がそこまで言ってくれたんだから、俺も言おう」

 篠井さんがわざとらしく咳払いする。

「俺も元サヤはない。なぜなら――」


 篠井さんもお風呂セックスが嫌い?

 いや、拒まれていたほうか!?


 私は固唾を飲んでじっとその続きを待つ。

「――香里は一度も騎乗位に応じてくれなかったから」


 ……。


「騎乗位?」


 騎乗位……って、アノ、騎乗位?

 セックスの体位の?

 女が上になって動くヤツ?


「まさに、読んで字の如く、女が男という馬に跨っているように――」

「――その! 騎乗位だ」

 しまった。また、口に出してしまっていた。

 私は口を噤む。

「断っておくが、俺は香里に騎乗位を強要したことも、してくれなかったからと言って浮気したこともない。ただ、セックスの最中に何度か言ってみたことがあるだけだ。だが! 香里は断った。理由は――」

 私はまたも、じっと篠井さんの言葉の続きを待つ。


 篠井さんの腰遣いがサイコーだから、とか?

 上になるより後ろからの方が好きだ、とか?


「――恥ずかしいから、だ」


 ……はず?

 ハズカシイ?


「うっそだぁ!」

「本当だ! 上になるのは恥ずかしいからと、確かに言った!」

「でも、昨日はあんなに――」

「――だから、だ! 俺はな、いつもは強気で、隙のない香里が、セックスで騎乗位は恥ずかしいなんてしおらしいことを言う、そのギャップにやられたんだ。なのに! なのに、だ! 昨夜の彼女は、めっちゃノリノリで腰を振っていた。あんなひ弱な身体したチャラい男に跨って! 俺はそれが、許せない!」

 ぐっと握りこぶしを作って、いかにも悔しそうに篠井さんは言った。

 だが、内容が内容だけに、私には『俺には跨ってくれなかったのに、ズルい!』と聞こえた。

 まぁ、それも間違いではないだろう。

 とにかく、私が言った『元サヤには戻らない』という条件はさして問題とならなそうだ。


 いや? そうでもないのでは?


「篠井さん。それはつまり、元カノさんが跨ってくれると言ったらヨリを戻すのもやぶさかではないのでは?」

「いや? やぶしかないぞ」

「は?」

 真顔で即答され、笑うより先に怪訝な表情をしてしまった。

「俺にもプライドがある。セックスの体位ひとつで捨てられるほど軽くはないプライドがな」

「なら……いいですけど」

 なにがいいのかはわからないが、まぁいい。

 とにかく、こうして、私たちは当面、ルームメイトとして一緒に暮らすことになった。

 そして、私たちは現実に向き合うことにした。

 スマホ、だ。

 夕方、電源を切ったままで、画面は真っ暗なまま。

 それぞれ、自分のスマホを前に、なぜか正座している。

「いつまでも電源を切ったままにはできない」

「はい」

「じゃあ、せーので電源を入れるぞ」

「はい」

 私たちは、それぞれ自分のスマホを手に持ち、脇の電源ボタンに指を添えた。
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