サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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7.元上司が恋人になりました

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 彼の手を借りてバスタブの中に落ち着くと、投入された入浴剤がお湯をピンクに染めてくれて、ひとまず丸見えを回避できた。

 ふぅとひと息つきながら、すぐ横でシャワーを浴びる篠井さんをチラ見してしまう自分の好奇心が恨めしい。

 致す気がないのに気にするのは、彼にも失礼だ。

 私はふいっと壁側に顔を向けた。

 シャワーの音が止む。

「俺はどっちに座ったらいい?」

「え?」

「前? 後ろ?」

 そこまで考えていなかった。

 だから、考えた。

 前だとお互いに膝を立てて座る必要があり、かなり窮屈。

 後ろだと狭いなりに足は伸ばせるが密着する。

「後ろだな」

 私が答えを出すより先に、篠井さんの決定が下った。

「ほら、ちょい前」

 肩を押されて、私はおずおずと前のめりになる。

 篠井さんが私の背後に立ち、しゃがむと、膝が私の肩にぶつかった。

「やっぱ狭いな。もうちょい前」

 お風呂でセックスどころの話ではない。

 狭くてバスタブに落ち着くのもひと苦労。


 一緒に入るなら、もっとお風呂が広くなきゃ……。


 篠井さんの足の間で、篠井さんに寄りかかる格好で落ち着いたものの、気持ちは全く落ち着かない。

 背中に感じる彼の素肌や、脇からぬっと伸びる逞しい腕、なによりお尻に当たっている立派な息子さんの存在感が半端ない。

「なぁ」

 背後から聞こえる低い声が、反響して色っぽさを増している。

 お風呂は一人がいいなんて言っておきながら引きずり込んだことに、何か言われるのではと身構える。

「はい」

「いい大人なんだし言わなくてもわかるだろって感じなんだけどさ」

「はい」

「いい大人だからこそ、選択肢が多いから誤解のないように確認しときたい」

「……はい」


 お風呂に関してではない?


「俺は夏依と真剣に付き合いたいと思ってる」

「は……い」

 さっき、篠井さんが元カノに『恋人ができた』と言ったことを思い出す。


 私が篠井さんの恋人……。


 なんだか照れくさい。というか、信じられない。

 尊敬する上司で、四年も連絡を取っていなくて、再会してまだ一ヵ月。

 とはいえ、その一ヵ月は寝食を共にしてきたわけで、特殊な状況だ。

 好きになるのに時間は関係ないと言うけれど、それにしても――。


 ん? 好きになるのに?


「真剣て言うのは――」

「――あああ~~~っ!」

 浴室に響く自分の声の大きさに驚き、ハッと手で口を押える。

「どうしたっ!?」

 篠井さんが私の顔を覗き込む。

「大事なことを忘れていました」

「なんだ!?」

 首を捻って彼を見る。

「私、篠井さんのこと好きです」

「……はい?」

「篠井さんは言ってくれたのに、私は言ってなかったと気づきました。すみません。最中はそれどころじゃなかったと言うか、言ったつもりでも正確な発声と発音ができる状態ではなかったと言うか、とにかく――っ」

 顎を掴まれたと思ったら、有無を言わさずキスされて、半端に開いたままの唇の隙間から舌を挿しこまれた。

「んっ――」

 反対の手が私のお腹を抱き、そのせいで息子さんともさらに密着する。

 心なしか、息子さんの背が伸びて筋肉質になっている。

「三か月後にプロポーズする」


 ……ぷろぽーず?


「……誰に?」

「おい、ふざけてんのか」

「そうじゃ――」

「――羽崎夏依。三か月で俺と結婚してもいいか考えろ」


 命令!?


 ぐいっと身体を捻って篠井さんと向き合う。

 腰が痛んだが、今はそれどころじゃない。

「いや! 篠井さん、結婚する気なかったんじゃ――」

「――気が変わった」

「はい!?」

「結婚を前提に真剣に付き合おうと言おうと思ったが、たった今気が変わった。三か月だ。三か月経って夏依の返事がイエスなら、即役所に行く」

「はあぁぁぁぁぁっ~!?」

 反響した自分の声に鼓膜が破れるんじゃないかと思うほど大声で、叫んでしまった。
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