サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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10.来訪者は突然に……

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 私の母も身だしなみや姿勢には気を遣っていた。

 もう十年くらい会っていないけれど、きっとこの女性のように、美しくて余裕のある雰囲気を纏っているのだろう。

 女性が少しだけ首を捻り、私を気にするそぶりを見せて、慌てて視線を逸らした。

 背後からとはいえ、ジロジロ見すぎだった。

 それに、母と重ねてしまうなんて失礼だ。


 お母さんのように子供を捨てるような人と一緒にするなんて……。


 三階に着き、女性がエレベーターの扉の前から一歩端に寄った。

 彼女は三階に用があるわけじゃなさそうだ。

 私は急いでエレベーターを降りる。

 と、背後で電子音が聞こえた。

 一瞬だけ振り返ると、女性がエレベーターを降りてバッグを開けている。

 私は重いエコバッグを早く下ろしたくて、部屋に急いだ。

 が、すぐに、私が荷物を下ろすのにまだ、少し時間がかかりそうだとわかる。


 なんで……。


 私の部屋の手前の部屋の前に立っている女性が、立ち止まった私を見て真っ赤な唇の端を上げた。

 真っ黒でくるぶしまでの長さのコートに真っ赤な唇とヒールの高い真っ赤なショートブーツ、なんの革かはわからない真っ赤なハンドバッグを持った篠井さんの元カノ。

 魔女のようだと思ったのは、負け惜しみなんかじゃない。はず。

「見つけた」

 思わず一歩後退る。

「光希は?」

「……」

 返事をしない私に、彼女の片眉が上がった気がした。

「あんた、光希と一緒に部屋に来た女よね。光希とどういう関係?」

 魔女が一歩近づく。

 条件反射で私の足が下がる。が、意識して足を止めた。

 負けたくない。

「しの――光希とは――」

「――いいわ。聞いても意味ないもの」

「え?」

「光希、返して」

「は?」

「私たち、婚約してるの。一度や二度の浮気くらいで壊れる仲じゃないわ」

 エコバッグが、重い。

 だから、肩から落ちないように持ち手を強く握った。

 爪が掌に食い込むほど、強く。

 そうしなければ、白菜や豚肉が落ちてしまう。

 もう片方の肩にはビール。

 食後、お風呂上がりに二人でソファに座ってビールを飲むのが、最近の日課になっている。

 味が変わらなくても凹んだ缶はなんだか嫌だ。

 だから、バッグを落とさないように強く握った。

 掌が痛むほど、強く。

 そして、深呼吸をした。

 魔女が怖いわけじゃない。

 関わりたくないだけ。

 違う。

 持っている白菜とビールのエコバッグを彼女に向けて振り回してしまわないように、己を律している。

 恋人の元カノに白菜をぶつけて怪我を負わせたなんて、笑い者だ。

 それでも、白菜アタックであの澄ました表情かおを歪められるなら、それもありかと思ってしまう。

 それくらい、ムカついているから。

 脳裏に浮かぶ、しの――光希と魔女のキスシーン。

 私はあの光景をなかったことにできるほど寛大な心を持っていない。


 白菜って多少潰れても食べられるよね……。

 あ、でも、凶器として押収されちゃう?


 食べ物を粗末に扱ってはいけない、とおばあちゃんにきつく言われた。

 私はもう一度深呼吸をして、白菜を脇から後ろに抱え直した。

「他の男に馬乗りになってたくせに、別れたくなくてみっともなく縋るほど光希が好きなら、どうして浮気なんてしたんですか!」

「はぁ?」

 白菜アタックするまでもなく、魔女の表情が歪んだ。

 また一歩、鋭角のつま先が私との距離を詰める。

 目尻をピクピクさせているのが見えてしまうほどに、近い。

「結婚てね? 好きとか愛してるだけでするものじゃないわ? お互いに利益メリットがあるからするのよ? 愛情なんて努力しても冷める時は冷めるけれど、利益は努力で生み続けられるの」
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