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10.来訪者は突然に……
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「あなたと光希の結婚の利益はなんですか?」
「私は光希の自慢の妻でい続けられるわ。どこに出しても恥ずかしくない、完璧な妻よ。代わりに私は光希の力で会社を大きくするの。ね? 完璧な妻であり大企業の社長なんて、そう誰もがなれるものじゃないわ」
「完璧な妻は夫以外の男に跨ったりしないと思います」
「……はぁ?」
前言撤回。
怖い。
長い睫毛が震えるほど目尻をヒクつかせ、口角と顎を上げて見下ろされると同時に、尖がったつま先が私のブーツの気持ち角がある程度のつま先にぶつかった。
怖い。
この至近距離では白菜アタックの威力が半減してしまう。
白菜によるダメージで魔女が倒れるより先に、尖ったつま先とヒールで私の足が潰されるかもしれない。
だが! だがしかし! ここで引いては女じゃない!
「私は完璧な妻になる自信なんてないし、社長にもなりたくないし、光希はものじゃないのであげるとか返すとか言うのもおかしいと思うけど、光希が! 私でいいって言ってくれる間は、誰にも渡しません!」
魔女が、私の言葉にカッと目を見開いて唇を捻らせる。
怖いはずのその表情など気にならないほど、私は胸がスッとした。
とはいえ、魔女の、魔女らしい、魔女であるが故の形相に、思わず仰け反る。
「渡さない!? それは私の台詞よ! あんた、光希の実家が――」
実家……?
「――あら、光希。あなた素敵なお嬢さんに取り合いされてるわよ?」
光希?
振り返ると、さっきエレベーターで一緒だった貴婦人がスマホを耳に当てながらゆっくりと近づいてくる。
「で? あなたが好きなのはどちらのお嬢さん? うちの財産狙いらしい性格の悪そうな美人? それとも――あ、そう。――はいはい」
貴婦人はスマホをバッグにしまうと、にこりと微笑んだ。
「初めまして、光希の母です」
光希の……母?
「初めまして!」
呆けていると、背後からドンッと押されて前のめりになった。
片足を一歩踏み込んで耐える。
が、次の拍子には私を押し退けて前に出た魔女のお尻で跳ね退けられ、今度は後ろにふらつく。
壁に手をついて耐えると、肩からビール入りのエコバッグが肩から肘にずしっと落ちた。
「光希さんのお母様ですか? 私――」
「――大丈夫!?」
今度は光希のお母さんが魔女を押し退けて私の肩に手を添えてくれた。
肘のエコバッグを、お母さんの細い指が持ち上げる。
「あ――」
「――こんなに重いものは光希に買わせて持たせなさい。違うわね。気の利かないあの子が悪いのよね」
「いえ。あの――」
「――お母様。私、光希さんと婚約しているんです」
めげない魔女がお母さんの背後から存在を訴える。
「この女は私と光希さんが、その、ちょっと喧嘩してしまった隙に、光希さんを誘惑して――」
「――この女? あなた、随分失礼な方ね。私、あなたのような人、嫌いだわ」
「え? あ、違うんです! だって、光希さんを誘惑して私から奪ったんですよ!? 光希さんも迷惑して――」
「――夏依!」
お母さんに視界を遮られて姿は見えないが、間違いなく光希の声。
「香里、いい加減にしろ!」
光希の声が廊下に響く。
「光希! 私、本当に反省してるの。お願いだから――」
「――例えば私があなたたちの結婚を反対して、するなら縁を切ると言っても、あなたは光希と結婚したいのかしら?」
「え……?」
首を伸ばして様子を窺うも、お母さんの腕に抱きとめられた。
エレベーターの中で思った通り、柔らかい肌触りのコートだった。
「私は光希の自慢の妻でい続けられるわ。どこに出しても恥ずかしくない、完璧な妻よ。代わりに私は光希の力で会社を大きくするの。ね? 完璧な妻であり大企業の社長なんて、そう誰もがなれるものじゃないわ」
「完璧な妻は夫以外の男に跨ったりしないと思います」
「……はぁ?」
前言撤回。
怖い。
長い睫毛が震えるほど目尻をヒクつかせ、口角と顎を上げて見下ろされると同時に、尖がったつま先が私のブーツの気持ち角がある程度のつま先にぶつかった。
怖い。
この至近距離では白菜アタックの威力が半減してしまう。
白菜によるダメージで魔女が倒れるより先に、尖ったつま先とヒールで私の足が潰されるかもしれない。
だが! だがしかし! ここで引いては女じゃない!
「私は完璧な妻になる自信なんてないし、社長にもなりたくないし、光希はものじゃないのであげるとか返すとか言うのもおかしいと思うけど、光希が! 私でいいって言ってくれる間は、誰にも渡しません!」
魔女が、私の言葉にカッと目を見開いて唇を捻らせる。
怖いはずのその表情など気にならないほど、私は胸がスッとした。
とはいえ、魔女の、魔女らしい、魔女であるが故の形相に、思わず仰け反る。
「渡さない!? それは私の台詞よ! あんた、光希の実家が――」
実家……?
「――あら、光希。あなた素敵なお嬢さんに取り合いされてるわよ?」
光希?
振り返ると、さっきエレベーターで一緒だった貴婦人がスマホを耳に当てながらゆっくりと近づいてくる。
「で? あなたが好きなのはどちらのお嬢さん? うちの財産狙いらしい性格の悪そうな美人? それとも――あ、そう。――はいはい」
貴婦人はスマホをバッグにしまうと、にこりと微笑んだ。
「初めまして、光希の母です」
光希の……母?
「初めまして!」
呆けていると、背後からドンッと押されて前のめりになった。
片足を一歩踏み込んで耐える。
が、次の拍子には私を押し退けて前に出た魔女のお尻で跳ね退けられ、今度は後ろにふらつく。
壁に手をついて耐えると、肩からビール入りのエコバッグが肩から肘にずしっと落ちた。
「光希さんのお母様ですか? 私――」
「――大丈夫!?」
今度は光希のお母さんが魔女を押し退けて私の肩に手を添えてくれた。
肘のエコバッグを、お母さんの細い指が持ち上げる。
「あ――」
「――こんなに重いものは光希に買わせて持たせなさい。違うわね。気の利かないあの子が悪いのよね」
「いえ。あの――」
「――お母様。私、光希さんと婚約しているんです」
めげない魔女がお母さんの背後から存在を訴える。
「この女は私と光希さんが、その、ちょっと喧嘩してしまった隙に、光希さんを誘惑して――」
「――この女? あなた、随分失礼な方ね。私、あなたのような人、嫌いだわ」
「え? あ、違うんです! だって、光希さんを誘惑して私から奪ったんですよ!? 光希さんも迷惑して――」
「――夏依!」
お母さんに視界を遮られて姿は見えないが、間違いなく光希の声。
「香里、いい加減にしろ!」
光希の声が廊下に響く。
「光希! 私、本当に反省してるの。お願いだから――」
「――例えば私があなたたちの結婚を反対して、するなら縁を切ると言っても、あなたは光希と結婚したいのかしら?」
「え……?」
首を伸ばして様子を窺うも、お母さんの腕に抱きとめられた。
エレベーターの中で思った通り、柔らかい肌触りのコートだった。
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