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3 食事の後の緊急事態
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「え?」
「課長の年齢でしたら、結婚したら早めに子供が欲しいんじゃないですか?」
少し、打ち解けたような気がしたが、気のせいだったらしい。
彼女の表情も口調も、戻ってしまった。
「そうだな。欲しくない、とは思わないかな」
「子供がいたら、生活の中心は子供になりますよ? 今まで自由に使えていたお金が小遣い制になって、休みの日でも休んでいられない。食事の味も子供に合わせて、テレビの主導権も子供、子育てに疲れた奥さんに気を遣う生活が出来ますか?」
彼女が、無表情で言った。
いたずらに抱き締めた時と同じで、背筋が寒くなる。
普段の彼女とのギャップに、気持ちが乱される。
「やったことがないから、出来ると断言は出来ないけど、徐々に慣れていくものだろう?」
「私の別れた夫は、慣れることが出来ませんでした」
「え?」
「子供が生まれて、自分が生活の中心でなくなったことを受け入れられなかったんです」
「……それが、離婚の理由?」
「それが、全ての原因ってだけです」
ウエイターが来て、ラストオーダーの時間だと告げた。
俺たちはもう一杯ずつ同じものを注文した。
話が途切れ、彼女はそれ以上を言わなかった。けれど、俺は続きが聞きたかった。
「姪っ子がいるんだけどさ」
「え?」と、彼女は残っていたロールケーキを食べながら俺を見た。
「姉の子。四歳なんだけど、時々遊びに来るんだよ」
「……」
「って言っても、姉さんが遊びに行きたい時に預かるだけだから、来たくて来てるわけじゃないんだけどな。けど、可愛いなと思うよ」
「何てお名前ですか?」
「真心と書いてまこ」
「可愛い名前ですね」
「二人目は男で、勇気と書いてゆきってつけるんだと」
俺は、素直にゆうきと呼ぶ方がいいと思う。姉さんは『それじゃつまらない』と言うが、子供の名前を面白くする必要はないと思う。
「妊娠中ですか?」
「そう。いつ生まれてもいいらしい」
「楽しみですね」
「あんたの子供の名前は?」
「上の子は真心ちゃんの真の字でしん、下の子は〇瀬亮のりょう、です」
子供話をする彼女は、本当に優しい表情をする。
「いい名前だな」
「私がつけたんです。どちらも『まこと』って意味があって、誠実な人間になって欲しいって思って」
「あんたの子供は幸せだな」
「…………そう……ですかね」
昨日、給湯室で見せた表情と声に、ドキッとした。
怯えているような、不安そうな、今にも泣きだしそうな瞳に、か細い震えた声。
「そうだろ」
「そうだといいんですけど……」
「課長の年齢でしたら、結婚したら早めに子供が欲しいんじゃないですか?」
少し、打ち解けたような気がしたが、気のせいだったらしい。
彼女の表情も口調も、戻ってしまった。
「そうだな。欲しくない、とは思わないかな」
「子供がいたら、生活の中心は子供になりますよ? 今まで自由に使えていたお金が小遣い制になって、休みの日でも休んでいられない。食事の味も子供に合わせて、テレビの主導権も子供、子育てに疲れた奥さんに気を遣う生活が出来ますか?」
彼女が、無表情で言った。
いたずらに抱き締めた時と同じで、背筋が寒くなる。
普段の彼女とのギャップに、気持ちが乱される。
「やったことがないから、出来ると断言は出来ないけど、徐々に慣れていくものだろう?」
「私の別れた夫は、慣れることが出来ませんでした」
「え?」
「子供が生まれて、自分が生活の中心でなくなったことを受け入れられなかったんです」
「……それが、離婚の理由?」
「それが、全ての原因ってだけです」
ウエイターが来て、ラストオーダーの時間だと告げた。
俺たちはもう一杯ずつ同じものを注文した。
話が途切れ、彼女はそれ以上を言わなかった。けれど、俺は続きが聞きたかった。
「姪っ子がいるんだけどさ」
「え?」と、彼女は残っていたロールケーキを食べながら俺を見た。
「姉の子。四歳なんだけど、時々遊びに来るんだよ」
「……」
「って言っても、姉さんが遊びに行きたい時に預かるだけだから、来たくて来てるわけじゃないんだけどな。けど、可愛いなと思うよ」
「何てお名前ですか?」
「真心と書いてまこ」
「可愛い名前ですね」
「二人目は男で、勇気と書いてゆきってつけるんだと」
俺は、素直にゆうきと呼ぶ方がいいと思う。姉さんは『それじゃつまらない』と言うが、子供の名前を面白くする必要はないと思う。
「妊娠中ですか?」
「そう。いつ生まれてもいいらしい」
「楽しみですね」
「あんたの子供の名前は?」
「上の子は真心ちゃんの真の字でしん、下の子は〇瀬亮のりょう、です」
子供話をする彼女は、本当に優しい表情をする。
「いい名前だな」
「私がつけたんです。どちらも『まこと』って意味があって、誠実な人間になって欲しいって思って」
「あんたの子供は幸せだな」
「…………そう……ですかね」
昨日、給湯室で見せた表情と声に、ドキッとした。
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「そうだろ」
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