最後の男

深冬 芽以

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 手放すことになっても、広い方が高値で売れる。

 実際、広すぎる。

 リビングと寝室以外は全く使用していない。寝室すらウォークインクローゼット付きの十二畳もあって、セミダブルのベッドと机、壁一面の本棚を置いている。言うまでもなく、クローゼットは半分のスペースすら使われていない。

 彼女は遠慮がちに靴を脱ぎ、真心に手を引かれてリビングに足を踏み入れた。

「素敵な……お宅ですね」

 そう言われて、改めて部屋を見回した。隠さなければならないものなどないとわかっていたが、急に心配になった。

 そして、気がついた。



 女を家に入れるのは、初めてだ。



 もちろん、姉さんと真心は例外だ。

独身ひとりみには広すぎるけどな」

 少し照れ臭くなって、俺は彼女から顔をそむけた。買い物袋をダイニングテーブルに置いた。

「で? 朝飯は何を買ったんだ?」

「あ、はい。真心ちゃん、手を洗ってこようか」



 あ、洗濯物!



 気がついた時には既に遅く、彼女と真心は大量の洗濯物がぶら下がった洗面所の中。

「おじちゃん! またお母さんに怒られるよ!」

 手を洗って出て来た真心が言った。

「洗濯ものを干しっ放しにしちゃいけないんだよ」

「忙しいんだよ」と、俺は四歳児に言い訳をした。

「だらしないとお嫁さんが来てくれないんだから!」

 真心は両手を腰に当てて、母親の真似をした。

「このままじゃ、コドクシしちゃうんだから」



 孤独死って……。



 近頃の幼稚園児は恐ろしい。

「意味わかって言ってんのか」

「真心ちゃん、大丈夫よ。おじちゃんはだらしなくないし、孤独死もしないから」

 洗面所から出て来た彼女が、袋から買ったものを取り出しながら言った。

「おばちゃんがいるから?」



 なんつーことを聞くんだ。



 そう言えば、昨夜も俺と彼女が恋人なのかと聞いていた。

 昨夜から今日のことを、真心が姉さんにどう話すのかを考えるとゾッとした。姉さんの質問攻めは、恐ろしい。

「違うよ? 真心ちゃんがいるから」

「真心?」

「そう。おじちゃん孤独死しないように、真心ちゃんが見ていてあげてね?」

 彼女の言葉に、真心が少し考えてから頷いた。

「……わかった!」

「おい。どうして俺が生涯独身決定なんだよ」

「例えば、の話です」と、彼女が笑った。

 ドキッと、した。

 会社では見せない、くだけた笑顔。

 明日になったら、もう見られないのだろうか。



 明日――――?



 そうだ。

 明日、迎えが来るまで真心をどうするか、考えなければならなかった。

 俺はため息をつき、彼女と真心が母子のように並んでおにぎりを握るのを眺めていた。
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