25 / 212
4 提案
5
出来上がったおにぎりを食べながら、弟が生まれたことを伝えると、真心は喜びのあまり持っていたおにぎりを落としそうになった。
食べ終わってからもしばらく興奮して、部屋の中を飛び跳ねていた。
少し落ち着かせようと真心のバッグに入っていたアニメのDVDを見せると、すぐに大人しくなった。
「やっと静かになったな」
「嬉しかったんですよ、すごく。それに、安心したんだと思います。お母さんが元気だと聞いて」
彼女に差し出されたカップを受け取り、口に運んだ。彼女が俺の正面に座る。
「そう言えば、いつから『お母さん』て呼ぶようになったんだ? この前までは『ママ』って呼んでたはずだけど」
「お姉ちゃんになるからって変えたんじゃないですか? 今朝、泣いてた時は『ママ』って言ってましたよね」
「なるほど」
ついこの前まで『おじちゃん』も上手く言えてなかったのにな、と少し感傷的になった。
「真心ちゃんのお迎えは何時頃になりますか? 病院に行かれるなら、私は――」
「あ――ー……。それなんだけどさ」と、俺はため息をついてカップを置いた。
「迎えが明日になりそうなんだよ」
「え? けど、明日は月曜日ですよ?」
「そうなんだよ……」
「あの、ご両親は遠方にいらっしゃるんですか?」
「あ、いや。親はいないんだ」
彼女が、気まずそうに下唇を噛んだ。
「すみません」
「いや」
両親は死んだ、と彼女は思ったろう。正しくはないけれど、似たようなものだから訂正もしなかった。
「けど、そういうわけで、真心は俺が見るしかないんだ。仕方ないから、明日は休むか」
休みたくないけれど、仕方がない。何事も思い通りにいかないことはある。
「あの……。私が真心ちゃんを見てましょうか?」
「は? あんたも明日は仕事だろ」
「そうですけど、私は……課長ほど重要な仕事を抱えているわけじゃないですし」
思いがけない提案を、俺が断る理由はなかった。
「いいのか?」
「はい。明日、課長が出勤される頃に来ます」
「助かる」
「けど、今日の夜は課長と真心ちゃん、二人で過ごさなきゃいけないんですからね」
「それは……何とかするよ」
「頑張ってください」と、彼女が微笑んだ。
結婚てこんな感じかな、と思った。
休日に子供が寝そべってテレビを見て、両親がコーヒーを飲みながらそれを眺めている。一緒に買い物をして、食事をする。
なんか……いいかもな。
ふと、そう思った。
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
もう一度会いたい……【もう一度抱きしめて……】スピンオフ作品
星河琉嘩
恋愛
もう一度抱きしめて……のスピンオフ作品
BLUE ROSEのベースのAKIRAの妹、高幡沙樹と、BLUE ROSEのギター担当のTAKA、三浦崇弘との年の差恋愛。
※第4章から性描写が軽く入ります。