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しおりを挟む俺が定時で上がると、みんな目を丸くした。
無理はない。
ここ数年、残業しない日などなかったから。
今日も、仕事が片付いたわけではなかったけれど、彼女が待っているのだから早く帰らなければならない。
一時間前に、義兄が真心を迎えに来たとメッセージが入った。
帰ると言う彼女に、スペアキーを忘れて来たから、俺が帰るまでいてくれるように頼んだ。
昨日は、真心の寝る支度までして帰り、今朝は真心が起きる頃に来てくれた。
お陰で、俺は本当に真心を寝かしつけるだけで済んだ。それも、何をしたわけでもない。ただ、一緒に布団に入り、少し話をしただけ。
彼女がいてくれなかったらと考えると、ぞっとする。
俺が会社に着くころに、彼女から休むと電話が入った。
それを聞いた千堂が、チラッと俺を見た。
土曜日に二人で退社したことを気にしているんだろう。
彼女が俺の家にいると知ったら、どんな顔をするか。
俺は勝手に、優越感に浸っていた。
会社を出て二十分後、俺は家のドアを開けた。明るい。それに、温かい。
「ただいま」
いつもは言わないのに、誰かが待っていると思うと、自然と口をついた。
リビングのドアが開き、彼女が顔を出した。
「お帰りなさい」
その響きに、胸が熱くなる。
彼女の背後から、美味そうな匂いがした。カレーの香り。
「あの、お昼に真心ちゃんと一緒に作ったカレーを温めておいたので、良かったら食べてください」と言いながら、彼女はリビングの隅に置かれたバッグを持った。
帰るつもりなのだ。俺が帰って来るのを待ってましたと言わんばかりに、出て行くつもりなのだ。
「あんたは食べないの?」
「え?」
「話したいこともあるし、付き合ってよ」
「はぁ……」
微妙な反応に、俺は少しムッとした。
「子供が待ってるから無理、ってなら仕方ないけど」
「あ、いえ。遅くなるかもしれないと言って来ているので大丈夫です。じゃあ、準備しますね」
俺は寝室へ行き、着替えて、洗面所に行って驚いた。今朝まで掛かっていた洗濯物が総入れ替えされている。
「洗濯、したのか!?」
「あ、はい。真心ちゃんが気にしていたので……。すみません、勝手に」
「いや、ありがとう」
ソファの上に、きちんと畳まれた洗濯物が見えた。
匂いに釣られてダイニングテーブルに行くと、カレーライスと野菜サラダ、とんかつが並んでいた。
「カツカレー?」
「はい。真心ちゃんのリクエストです。おじちゃんも好きだって言ってましたよ」
「真心が?」
確かに何度か、真心と一緒の時にコンビニのカツカレーを買った。ファミレスで注文したこともあったかもしれない。
「よく見てんだな」
「子供だからって侮れませんよ?」
食べながら、彼女は今日の出来事を話した。真心のこと。朝ご飯にホットケーキを焼いたこと、一緒にカレーを作ったこと、父親が迎えに来て笑顔で帰って行ったこと。
「真心ちゃんから話を聞いてお姉さんが誤解するでしょうから、ちゃんと説明した方がいいと思います」
そうするつもりだったけれど、彼女の口から言われると、誤解を解きたくなくなった。
「課長?」
「あんたに言われた通り、近藤と話した」
「そうですか」
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