最後の男

深冬 芽以

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4 提案

 今朝、出掛けに、彼女に言われた。

『金曜日に大声で叱ったことを謝って、それから次はきちんと確認するように言ってください』

 なんでそんなことを、と思った。

『余計なお世話だと思いますけど、アメとムチを上手く使えば、仕事の効率が上がると思います』

 その通りだった。

 俺が謝り、ミスのないように確認を怠らないように言うと、近藤は深々と頭を下げて謝った。今朝は目も合わせようとしなかったのに。

「ありがとう」

「いえ」

「なぁ」

「はい」

 俺はスプーンを置いた。



「これからも、こうして二人で会えないか?」



 彼女の目が丸くなる。

「恥ずかしい……誤解をしたくないので聞きますけど、それは――」

「俺と付き合ってほしい」

「食事に……ですか?」

「違う。恋人になって欲しいってことだ」

 彼女が、ふふっと笑った。

 冗談だと思っているようだ。

「おかしいか?」

「おかしい……ですよ」

「どうして」

「だ……って……」

「当ててやろうか」と、俺は真顔で続けた。

「『年下のイケメンな上司が、私みたいな年上のバツイチの子持ちのパートのおばさんなんて相手にするわけない』って思ってるだろ」

「自分で……言います? イケメンて」

「俺が言ったんじゃない。あんたが思ってそうなことを言っただけだ」

「はぁ……」と、彼女が呆れ顔で言う。

「で、どうして年下のイケメンな上司が、私みたいな年上のバツイチの子持ちのパートのおばさんなんかを相手にしようと思ったんですか?」

 彼女が俺の言葉を復唱した。面白い。

「イケメンな課長は女性に不自由しているわけでもなさそうですし? 年上のおばさん好きでもなさそうですけど」

 皮肉も不快にならない。

「あんたなら、結婚の良さがわかる気がして」

「結婚の良さ?」

「昨日、あんたと真心とこの家で過ごして、家族ってこういうものかなと思った。悪くないな、とも」

「はぁ……」

「あんたと話すのは楽しいし、女を入れたことのないこの家にあんたがいても、不快に思わない」

 正確に言えば、彼女がいる家が心地良く感じている。

「俺に結婚の良さを教えてくれないか」

「……失敗した私が教えられるとは思えませんけど」

「だからだよ。失敗したあんたには、次に向けてのリハビリにもなるだろう?」

 自分でも、随分都合のいいことを言っていると思う。

 正直、どうして彼女にこんな提案をしているのか、自分でもよくわからない。

 ただ、彼女のことをもっと知りたいと思った。

 もっと、彼女と話がしたいと思った。

 抱きしめた時の彼女の柔らかさが、心地良いと思った。

「それと、もう一つ」

 訝しげに俺を見る彼女に、もう一押しした。

「俺の出世の手助けをして欲しい」

「出世?」

「そう。近々、部長の役職ポストが空く。順当にいけば俺が第一候補だ。三人の課長の中で最も成績がいい。だが、重役の一部が難色を示している」

 事実。

「俺の次の候補は三課の倉田だ。奴は重役や部下からの信頼は厚いが成績は最下位だ。そして、何より出世欲がない」

「千堂課長は最も若く、課長としての経験も浅いけれど、有望株」

「そうだ」

「重役が溝口課長に難色を示している理由は何ですか?」

「何だと思う?」

 彼女がわかっているとわかっていて、聞いた。

 彼女はじっと俺を見て、仕方なしに口を開いた。

「アメとムチの、ムチしか使えないから」

「……そうだ」

『部下に嫌われているから』と言われるのを覚悟していたが、なかなかにうまい表現だ。

 そして、彼女の言葉で気がついた。
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