最後の男

深冬 芽以

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8 アプローチ

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 自分にこんな行動力があったのかと、驚かされる。

 金曜の夜の送別会で、溝口課長の矢のような視線に耐えながら、俺は堀口さんの隣に居続けた。

 彼女に親しく話す同僚がいないのはわかっていたし、彼女と飲みたくて半強制的に参加させたのは俺だから。なんて無理な理屈で自分の行動を正当化させた。

 実際には、ほろ酔いで女性社員に馴れ馴れしくされるのが嫌だったし、それを彼女に見られるのも嫌だった。目を離した隙に溝口課長が彼女の隣にいるなんてことも阻止したかった。

 何よりも、堀藤さんの隣は居心地が良かった。

 お節介に酒を勧めないし、これ見よがしに料理を取り分けて気遣いが出来ますアピールもない。それなのに、気がつくと手を伸ばしやすいところに取り分けられた料理が置かれている。次々と大皿が片付けられ、彼女と俺のいるテーブルだけ、やたらすっきりしていた。

 会社の飲み会で、こんなに快適にゆっくり飲めるのは初めてかもしれない。

 いつの間にか、同じように感じた男性社員でテーブルが埋まっていた。

 彼女は聞き上手で、男性社員の愚痴を聞いては『大変ですね』とか『お疲れさまです』とか声を掛けていた。みんなの、彼女への印象が少し変わったろうと思う。

 彼女の良さを知ってもらえて嬉しい反面、焦りを感じた。

 俺や溝口課長のように、彼女に好意を持つ人間が増えるのではないか。それは必ずしも恋愛感情じゃないかもしれないが、やはり心配だ。

 一晩、迷いに迷って、決めた。

「こんにちは」

「課長!?」

 俺を見て、堀藤さんは目を丸くした。

 昨晩の飲み会で、彼女が今日、子供たちと映画に行くことを聞いた。ついでにポケ○ンショップにも行くと。となると、映画館は札駅ここしかない。

 自分でもストーキングまがいだとわかってはいたが、プライベートの彼女に近づきたかった。

 もちろん、彼女が迷惑そうなら大人しく帰るつもりだ。私服で、髪を下ろした彼女を見れただけで十分な気もする。

「昨日、映画に行くって話を聞いたら、俺もまた何か観たくなって」

 かなり苦しい理由。

「そうなんですか。あ、亮! こっちだよ」

 彼女は俺の背後に亮君を見つけ、手を上げた。亮君が母親を見つけ、走り出す。それを、後ろから真君が制止する。

「こんにちは!」と、亮君が元気よく俺に挨拶をした。

「こんにちは。映画はもう観たの?」

「うん!」

「こんにちは」と、真君は礼儀正しく頭を下げた。

「こんにちは。前にも会ったの、憶えてるかな?」

「はい。ポップコーンをありがとうございました」

 本当に小学生か。自分の小学生の頃と比べると、随分大人だ。

「おじさんも映画見たの?」と、亮君。

「亮! おじさんて言うな」と、真君が亮君に少し強めに言う。

「いいよ、おじさんで」とは言ったが、少し複雑だった。

 年齢はともかく、気持ちはまだまだ若いつもりだから。

「真、亮。この人はお母さんの上司の千堂さん」と、彼女が二人に、改めて俺を紹介する。

「おじさん、じゃなくて、千堂さん、ね?」
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