最後の男

９ いびつな三角関係

１

　どうしてこうなった！？



　映画館で千堂課長に会い、一緒に食事をした帰りに告白されたのは十五時間前。

　あんなにストレートに告白されたこと、なかった。だから、年甲斐もなく泣いてしまった。嬉しくて。

　それだけでも、会社で顔を合わせるのが恥ずかしいと思うのに、なぜか翌日の今日、私は課長のマンションにいた。子供たちも一緒に。

　習い事をしたがらない真に塾を勧めたことが、こんな事態を招くとは思いもしなかった。

　千堂課長から真の気持ちを聞いて、驚いた。

　離婚してから、真が私を気遣ってくれているのはわかっていた。元々、気持ちの優しい子だけれど、離婚して実家に帰ってからは、亮の面倒をよく見て、あまり我儘を言うこともない。

　習い事にしても遊びにしても、何でもやりたがる亮とは違い、真は何もやりたがらなかった。中学生になって部活を選ぶきっかけになればと、何度か習い事を勧めてみたけれど、どれも興味を示さなかった。

　真を知る人は、真のことを『真面目』で『優しい』子だと言ってくれる。けれど、親からすると、他人より劣ることを嫌がり、他人に負けることを嫌がる、『臆病』な子。だから、野球やサッカーのようにチームプレーでは逃げ腰になってしまう。自分のせいで負ける、ことが嫌だから。

　個人技はどうかと、水泳教室の体験にも行ってみた。水泳は真には不向きだったようで、あからさまに嫌そうだった。体操教室には興味を示し、二年程続けたけれど、運動不足の解消、程度にしかならなかった。

　スポーツがダメなら、と思って塾を勧めたのだ。

　中学生になれば八割の子が塾に通うと聞いて、今からその環境に慣れて欲しいと思った。

　それに、亮にばかり好きなことをさせる引け目みたいなものもあった。兄弟に平等にお金をかけている、という親としてのちっちゃなプライド。

「頭のいい子ですね、真君」

　キッチンに来た課長が言った。

「ありがとうございます」と、私はゆで卵を剥きながら言った。

　昼食のサンドイッチを作っていた。

　真と亮は、リビングでゲームをしている。

　昨日の今日で、いきなりお宅にお邪魔するのはどうかと思ったけれど、千堂さんにぜひにと言われて断り切れなかった。

「時々、こうして真君の勉強を見させてもらってもいいですか？」

　冷蔵庫からミネラルウォーターを出しながら、課長が言った。

「もちろん、亮君のも」

「それは……」

　昨夜の告白の返事もしないまま、子供を巻き込んだ付き合いをするのはどうかと思う。



　それに――。



「溝口課長には、話したんですか？」

「え？」

「俺に告白されたこととか……、俺の家ここに来ること」

「いえ」

　課長は少しの間の後に、ほわっと柔らかい笑顔を見せた。

「そういうことを報告するほどの仲じゃない、って思っていいですか？」