最後の男

９ いびつな三角関係

５

　以前、宮野さんが話していた。ご主人はとても優しくて、自分には勿体ないくらい出来た人だと。

　そんな人が、宮野さんが苦しんでいると知って、平気なはずはないと思う。

「子供が生まれた時の悦びは夫婦で分かち合うのに、生まれなかった子供への罪悪感や贖罪は女一人が背負うなんて、不公平です。少なくとも、子供半分の責任は、男が負うべきです」

　宮野さんの頬を、涙が伝う。

「堀藤さんは……お子さんがいるんですよね？」

「はい」

「『子供さえいなければ』って思ったこと……ありませんか？」

「……ありますよ。離婚するまで、何度思ったかわかりません。子供がいなければすぐにでも別れられるのに、子供がいなければうまくいっていたかもしれないのに……って……」

　何度も考えた。子供たちのいない生活と未来。けれど、何度考えても行きつく答えは同じ。



　この腕の中の温もりは、決して間違いなんかじゃない――。



「そんなふうに思うくらいなら――」

「それでも、『産まなければ良かった』と思ったことはありません！　子供のせいで辛い思いをしても、子供のお陰でその何倍も救われるんです」

「私は……そんな風に思える自信なんて――」

「未来さきのことは誰にもわからないじゃないですか！　それに、妊娠がわかって数日の母親の卵にわかってもらっちゃ困ります。私なんて母親歴十一年ですけど、今でも不安だらけですよ！」

　ふふっと宮野さんが笑顔を見せた。けれど、笑顔はすぐに泣き顔になってしまった。

「夫はずっと子供が欲しいって言っていたのに、私は仕事を理由に先延ばしにしていて……。疲れてる時にその話になって、つい言ってしまったんです。『そんなに子供が欲しいなら、他の女に産ませたらいい』って……。そしたら…………」

　察しはつく。

　旦那さんは怒りをセックスにぶつけた。宮野さんの同意を得ずに、避妊をしなかったのだろう。

「あの人があんな風に……怒ったのは初めてでした。けど、すぐに後悔して……。それからは、私の顔色を窺うようになってしまって……。後悔するような状況で出来た子供なんて……喜べないと……思って……」

　私はポケットからハンカチを出し、宮野さんに渡した。彼女はそれで涙を拭く。

「それでも、嬉しいんじゃないか？」と、智也が言った。

「子供なんて作ろうと思って出来るもんじゃないだろ。どんなに望んでも出来ない夫婦もいるし。それなのに、状況はどうであれ、たった一度で出来たんなら、それはやっぱりそうなるべくしてなったんじゃないのか？」

　宮野さんが目を丸くして智也を見上げた。