最後の男

深冬 芽以

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9 いびつな三角関係

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 コンコン

 静まり返った部屋のドアがノックされ、智也が入って来た。急いだようで、息を切らしていた。

「これでいいか?」

 私は智也からスポーツドリンクとビニール袋を受け取った。

「少しずつ飲んでください」と言いながら、キャップを緩めてスポーツドリンクを手渡した。

 念のためにビニール袋を重ね、口を広げておく。が、その必要はなかった。

 さっぱりとした口当たりで気分が落ち着いたのか、二、三口飲んでも吐く様子はなかった。

 大きく深呼吸をして、宮野さんは体を起こした。

「ありがとうございます」と言いながら、少し乱れた髪を直した。

「今日はもう、帰った方がいいな」

 智也の言葉に、宮野さんが顔を上げた。

「大丈夫です!」

「どこがだよ。無理して、何かあったら――」

「本当に大丈夫ですから!」

「なら、せめて倉田課長には妊娠を伝えて――」

「やめてください! 妊娠なんてしてませんから!!」

 宮野さんが懇願するように、言った。

「仕事に影響はありません。本当に大丈夫ですから――」

「仕事より大事な事だろう!」

 智也が、声を荒げた。けれど、すぐにハッとして声の音量を下げる。

「仕事はお前一人でしてるわけじゃない。だが、子供の命はお前しか守れないだろう」

「……いいんです」と言いながら、宮野さんは顔を伏せ、肩を震わせた。

「産まない……と思うので……」

 私と智也は顔を見合わせた。

 言葉とは裏腹に、彼女は大切そうにお腹を抱えている。

「旦那は知ってるのか?」

 無反応。

「大事な事なんだから、ちゃんと話し合って――」

「――いいんです! 言っても困らせるだけだと思うし、責任を感じてもらっても、私も困るので」

「なに、言ってるんだ。夫婦の間に子供が出来て何が困るって――」

「溝口課長!」

 私は、興奮気味の智也を制した。彼は納得がいかないようで、少し乱暴に頭を掻いた。

「宮野さん。出産するにしても、しないにしても、まずは病院で妊娠を確認した方がいいですよ。正常な妊娠でなければ、適切な処置が必要ですし」

 顔を上げた宮野さんの目は、涙に揺れていた。

「診断を受けてから、ご主人と話し合っても、間に合いますから」

「彩! お前――」

「たとえっ――!」と、智也に釣られるように、私の声も大きくなってしまう。

「たとえ、産まないとしても、ご主人とはきちんと話し合った方がいいです」

「そんなこと……」

「産むとなれば、これから出産までの九か月間、子供の命は宮野さんが預かるんです。出産後も、旦那さんに比べて圧倒的に長い時間を子供に費やすことになります。産まないにしても、身体的な負担があるのは宮野さんです。その上、産むか産まないかの決断まで宮野さん一人でしてしまったら、父親であるご主人の存在意義はどうなります?」
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