最後の男

深冬 芽以

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9 いびつな三角関係

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「堀藤、ちょっといいか?」

 月曜日の午後。

 資料室から出て来たところを、智也に呼び止められた。少し慌てた様子で、偶然というよりは私を探していたようだった。

「どうしたんですか?」

「一緒に来てくれ」

 智也は私を小会議室へ連れて行った。会議室にいたのは、三課の宮野さん。ソファで蹲る彼女は、具合が悪そうに目を閉じていた。

「ふらついてたから声を掛けたんだけど、大丈夫としか言わなくて。けど、どっからどう見ても大丈夫じゃないだろ。デスクに戻すわけにもいかなくて、とりあえずここで休ませたんだけど」と、智也が私に耳打ちした。

 会議室には不似合いな古い黒革のソファは、一週間ほど前まで社長室に置かれていた物。社長室のソファを入れ替えた時に、小会議室ここに運ばれた。

 私は宮野さんの足元に膝をつき、彼女の顔を覗き込んだ。顔色が悪い。今朝、挨拶をした時はこうではなかった。

「いつから具合が悪いんですか?」

 宮野さんはうっすらと目を開け、私を見て、また閉じた。

「熱がないか、触れますね?」と予告して、私は彼女の首筋に触れた。

 脈は速いけれど、熱はない。と、思う。

 彼女が、お腹を抱えていることに気がついた。

「生理痛ですか?」

 宮野さんは小さく首を振った?

「生理前でもない?」

 今度は小さく頷く。

「お昼に何を食べました?」

「……サンドイッチを少し」

「痛んでたりしませんでした?」

 首を振る。

「妊娠……してます?」

 彼女は頷くことも、首を振ることもしなかった。けれど、お腹を抱える腕に力がこもったことがわかった。

 私は立ち上がって、背後で見守っていた智也に言った。

「自販機でスポーツドリンクかレモン水を買って来て下さい。なければミネラルウォーターでもいいので。それから、ビニールの袋を二、三枚」

「わかった」

 智也は足早に部屋を出て行った。

 宮野さんは既婚者で、確か三十少し前。美容部門なこともあって、男性社員に負けず劣らずの営業成績。性格もサバサバしている姉御肌で、他の女性社員のリーダー的な存在。

 私はカーディガンを脱いで、彼女のお腹にかけた。

「病院には行ったんですか?」

 無反応。

「ご存知かもしれませんが、悪阻の時期は無理をすると流産の危険があります。高いヒールも足腰に負担がかかりますし、転んだりしても危険ですよ」

 無反応。

 予期せぬ妊娠、だったのかもしれない。

 妊娠を喜んでいたら、すぐさま病院に行くだろうし、五センチ以上あるヒールを履いたりはしないはず。
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