最後の男

深冬 芽以

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12 暴かれた欲望

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「え?」と顔を上げ、智也と視線が交差した。

「また、飯作ってくれよ」

「けど――」

「お前が気持ちを固めるまでは、いいだろ。千堂のところに行くって決めた時に、返してくれ。それまでは、手を出さないから」

 良くは、ない。



 ないけれど……。



「わかった」

 鍵を返さなくていいと言われて、嬉しいと思う自分がいる。

 智也との関係を、断ち切りたくないと思っている自分がいる。

 こんなこと、映画や小説の中だけだと思っていた。

 三十九歳を目前にして、年下の二人の男性に好かれるなんて。

 その二人の男性に抱かれるなんて。

 この状況に酔っているつもりはないけれど、酔いたいと思っている自分がいて、それを受け入れたいと思う自分と、あり得ないと思う自分がいる。

 日頃、子供たちには偉そうに正論を説いていても、母親から女へと立場を変えるだけで、自分はグダグダ。

 それを情けないと思う。

 嫌悪もする。

 けれど、大事にしたいとも、思う。

 これまでの人生で、感情のままに、衝動的に行動したことがあったろうか。

 人生で一度くらい、感情に素直になってみたい。

「彩」

 智也がリストを抱えた私ごと、抱き締めた。

「お前と会わなかった間、俺も考えた。結婚、とか」

 智也はもともと、結婚を意識し始めたから、私に『恋愛ごっこ』を持ちかけた。

「で、決めた」

 智也の鼓動と私の鼓動が、同じリズムを刻む。心地よい。


「俺、見合いするわ――」


 鼓動が、ズレた。

 正確には、私の鼓動が一瞬止まった。

「おみ……あい?」

「ああ。部長から勧められた」

「そ……う」

 何を、いい気になっていたのだろう。

 智也が鍵を返さなくていいと言ったのは、私の作るご飯を気に入ってくれているから。

 智也は結婚の良さを教えてほしいと言ったけれど、私と結婚したいと言ったわけではない。

 自分が、恥ずかしい。

 千堂課長とのことで、智也の言動が嫉妬に思えて、舞い上がっていた。

「彩。お前のこと、好きだよ」

「え?」

「お前と一緒にいるの、楽だし、楽しいよ。千堂とのことを聞いて、正直、無茶苦茶ムカついた。だけど、千堂あいつをぶん殴って『俺の女に手を出すな』って言えるほどの情熱? み
たいなもんはないんだよ」と言った智也は、申し訳なさそうに眉をひそめた。

「感情のままに突っ走る、なんてしたことないからかな。いつも、『どうしたいか』より『どうするべきか』を考えて行動してきたから。だから――」

「うん。わかるよ」と、私は言った。

「私たちは……似ているのかもしれないね」

「え?」

「私も同じだから」

 だからこそ、千堂課長に『どうしたい?』と聞かれて、心が揺れた。

「……そっか」

「うん……」

「ま、とりあえず、お互いの気持ちがはっきりするまで、上手い飯を食わせてくれよ」

「うん」

 智也なりに、私を繋ぎとめようとしてくれているのが、嬉しかった。
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