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【番外編1】千堂隼の恋
恋の終わりと始まり-6
しおりを挟む「釧路にいる二週間の間、彩さんは溝口さんに対して部下に徹してください」
「え?」
「出張が終わる二週間以内に、溝口さんからあなたを好きだと言われなければ、俺の負けです」
「意味が……わからないんですけど……」
「二週間以内に溝口さんがあなたを好きだと告白したら、俺の勝ちです。あなたは素直になって彼を受け入れてください」
こうして、彩さんに溝口さんのものになるように説得しているなんて、不思議な気分だ。だが、無理をしているわけではない。
今は、心から彼女と溝口さんの幸せを願っている。
それに、彼女の幸せを見届けられたら、俺も前に進める気がした。
その為に必要な一言を、口にした。
「彩さん、俺が最後の男でいいんですか――?」
俺は今、暫定だが彩さんの『最後の男』。
たとえ、彩さんの意にそぐわなくても。
「俺は光栄ですけどね?」
膝の上の彩さんの手が、ギュッとスカートを握り締めた。
「二週間後、あなたが釧路から帰ってきたら、もう二度とあなたを『彩さん』とは呼びませんから」
彩さんの頑固さは、想像以上だ。
ここまで言っても、頷かない。
それほど、溝口さんへの想いが強いということだろう。
「誰にも言わないって約束、溝口さんとはしてないんだった」
「え?」
「『堀藤さんのこと、本気で愛していましたか?』って聞いたことがあります」
彼女が唾を飲み込んだのが、わかった。
期待と、不安。
「なんて言ったと思います?」
「そんな……こと……」
「俺とゲームをしてください」
こんな、鼻の頭に人参をぶら下げるようなことはしたくなかったが、仕方がない。ここまできたら、引き下がるわけにはいかない。
「二週間、仕事をしてくればいいんですよね」
「そうです」
「私から、溝口さんに近づかなければ、いいんですよね」
「そうです」
「わかり……ました」
俺は立ち上がり、椅子を机の下に押し込んだ。
「『勝手に過去形にすんじゃねーよ』ですって」
彼女の目に、涙が溢れるのが見えた。
「格好良すぎて、ムカつきました」
俺は彼女を残して、会議室を出た。
彼女の涙がこぼれるのは、見たくなかった。
「いい男ね、千堂くん」
すぐ横に冨田課長が立っていた。壁にもたれ、腕を組んで。
「立ち聞きなんて、悪趣味です」
会議室の彩さんに聞こえないよう、俺は歩き出した。
コツコツと、課長のヒールの音がついてくる。
「けど、良かったの? 好きなんでしょう? 彼女のこと」
「好きだった、です」
「過去形なの?」
「……はい」
「じゃあ、私と付き合う?」
俺はピタッと立ち止まった。
が、彼女は俺を通り越して歩き続ける。
俺は足早に彼女の後に続いた。
「本気ですか?」
「さぁ、ね」
「冨田課長!」
「千堂くんは、どうしたい?」
「俺は――」
周りに人の気配がないことを確かめる。
「あの夜が忘れられません」
課長のヒールの音は、乱れない。
「答えになってないわよ」
「課長!」
「答えがわかったら、いらっしゃい」
冨田課長が、横目でチラリと俺を見て、笑った。
今夜もまた、夢を見そうだ。
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