楽園 ~きみのいる場所~

深冬 芽以

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1.動かない指の価値

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 似てない姉妹だな。



 初めて彼女に会った時、そう思った。

 記憶にあるのはそれだけ。

 結婚式で挨拶を交わしただけの義姉のことなど、存在自体忘れていた。

 だから、すぐには思い出せないどころか、「お前に姉なんかいたっけ?」なんて聞いてしまった。

「ま、結婚式で会っただけだし?」

 萌花もかは仁王立ちで、腕組みして言った。

「とにかく、姉が世話しに来るから」

「世話って――」

「住み込みの家政婦、ってとこよ。一週間前まで専業主婦してたから家事一切は問題なくこなすし、事務の経験があるからパソコンも使える。あ、介護の経験もあるから下の世話も慣れてるわよ?」

 そう言いながら、萌花は俺の股間に視線を落とした。

「そっちでは使えないだろうけど?」

 フフンと鼻で笑う。



 二か月前までは、喜んでしゃぶりついていたくせに。



 俺は心の中で呟いた。

「じゃ、行くわ」と、萌花がスカートを翻す。

「お義姉さんが来るまでいないのかよ?」

 なにせ、会ったことも覚えていない相手だ。初対面も同然で、名前すら知らない。

「あなたの代わりに出なきゃいけないパーティーがいくつもあって忙しいの」

 萌花が大きくカールされた明るい茶色の髪を弄りながら言った。

「あなたはいいわね? 怪我のお陰で思う存分引きこもり生活ができて」

 杖が必要なこの足では立つのも億劫で、俺はソファから立つことなく、玄関ドアが閉まる音を聞いた。

「はぁぁぁ……」

 ため息をつきながらソファの背に身体を預け、天井を見る。

「くさ――」

 空き家独特のカビと埃臭さと、萌花が残していった香水臭さが混じって、とにかく不快な空気が出来上がっていた。

 十年前に出たこの家に、再び帰って来ることになるとは思ってもいなかった。

 帰りたいと思うなんてことも。

 とにかく、俺は帰って来た。

 生まれ育ったこの家に。

 ピーンポーン

 遠くにインターホンの音が聞こえたが、重い瞼はなかなか上がらない。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 ピーンポーン



 そういや、萌花の姉さんが来るって言ってたっけ。



 ピーンポーン



 名前も聞かなかったな。



 カラカラカラ、と玄関ドアが開く音がした。築六十年のこの家の玄関ドアは、引き戸だ。十五年ほど前にリフォームしたが、新しくしただけで引き戸なのは変えなかった。車椅子の出入りには引き戸の方が便利だったから。

「すみません」

 透き通るようなか細い声。

近江おうみらくと申しますが――」



 おうみらく?



 聞き覚えはない。が、近江は萌花の旧姓だ。つまり、『らく』さんは萌花の姉だろう。

 俺はようやく瞼を持ち上げた。

「どうぞ。入ってください」

 杖を探す。
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