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1.動かない指の価値
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しおりを挟むソファに立てかけておいたはずが、見当たらない。上体を起こしてよく見ると、ソファのひじ掛けの下に横たわっていた。滑って落ちたらしい。
手を伸ばしてみたが届かず、仕方なく手首で足を横に一歩ずらし、ソファのひじ掛けにもたれて腰を浮かせ、手を伸ばした。
かろうじて動かせる人差し指と中指を伸ばす。
「失礼します。私――」
顔を覗かせた女性に目を向けた途端、身体がぐらっと傾いた。
「危ない!」
俺がそう思うより先に彼女がそう言って、その意味がわかる頃には俺はソファから転げ落ちていた。
正確には落ちかけていた。
爽やかな石鹸の香りが鼻をくすぐる。
「大丈夫ですか!?」
ひじ掛けにもたれていた身体が滑り、ソファから落ちかけた俺は、彼女に抱きかかえられるようにして受け止められていた。
ドラマや映画では、恋が芽生える瞬間だ。
だが、実際には、力の入らない身体を立て直すことも出来ず、華奢な女性の身体に全体重を預けている姿は、情けないと言うより他にない。
「ソファに座り直しましょう」
そう言うと、彼女は俺の腰に腕を回し、身体を伸ばした。俺はずるずるとソファの上に押し上げられる。
首筋に彼女の息がかかる。
「体勢、辛くないですか?」
わずかに身を引いた彼女と、正面から目が合う。
化粧っ気のない顔、後頭部でひっつめた髪。
「大丈夫……です」
白い肌に奥二重の瞳、長いまつ毛。
年齢は、恐らく俺と同じ三十代前半から半ば。
萌花が俺の五歳年下なのだから、姉ならばそれくらいだろう。
俺の身体から彼女の体温が離れる。
「私、萌花の姉の楽です。住み込みで働かせていただけると聞いてきました」
「あ……、はい」
彼女は跪き、俺を見上げて言った。真っ直ぐに目を見て。
「できることは何でもしますので、よろしくお願いします」
にこりともせず真顔で言うと、彼女は頭を下げた。
俺が知っている、鏡の前で練習したような作り笑顔で媚を売る女たちとは違い、切羽詰まった真剣な表情。
ホントに萌花の姉か?
笑顔で媚を売り、良く知りもしないのに馬鹿の一つ覚えのように「すごーい」を連呼し、ボディータッチでその気にさせ、キスひとつで恥じらって見せ、ベッドの上では豹変する。
俺に近づいてくる女は、そういう女ばかりだった。
ま、その筆頭が萌花だったけど。
「俺は助かりますけど、お義姉さん……は嫌じゃないんですか? こんな――」
この期に及んで、自分の身体のことを口にするのが躊躇われる。
「――行くところがないんです、私」
「え?」
僅かに口角を上げたが、微笑みとは程遠く、瞬きが増える。
「萌花からお聞きになっていると思いますが、離婚……して、行くところがないんです。ですから、住み込みで働かせていただけるなんて、私にはとてもありがたいです」
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