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1.動かない指の価値
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しおりを挟む「せっかく、好きな本を存分に読む時間が出来たのですから、紙の感触を楽しみましょう?」
彼女の言葉に『嫌だ』なんて言えるはずがない。
本が好きなのは事実で、これからは好きなだけ本を読んで過ごすつもりなのだ。なのに、ページをめくれないんじゃお話にならない。
「私はカレーを作るので、はい」
お義姉さんは俺の手首を掴むと、掌にボールをのせ、自分の手を添えて俺の指をゆっくりと曲げた。
「落としてしまったら、こっちを使ってください」と言って、もう一つのボールをソファの上に置いた。
「明堂さんの指、綺麗ですね」
「――え?」
覚えのある台詞。
「細くて……長くて」
そう言われるのは、初めてではない。
「綺麗なままで、良かったですね」
彼女は微かに微笑むと、台所に行ってしまった。
俺は手の中のボールを見つめていた。
以前にも、同じことを言われた。
大人になった今となっては、恋人なんて言えるほどの関係じゃなかったとわかるけれど、当時は両想い=恋人だと思っていたから、そのつもりだった。
一か月だけの恋人。
お義姉さんのように黒髪を後頭部できつく結んでいた彼女も言った。
『細くて長くて、綺麗な指だね』と。
俺は手の大きさを比べようと掌同士をくっつけたまま、指を曲げて彼女の指に絡めた。
『俺の指、好き?』
本当は『俺のこと、好き?』と聞きたかったのに、緊張のあまり間違えてしまった。
だから、『うん』と頷いた彼女に、『じゃあ、俺のことは?』と慌てて付け足した。
少し戸惑って、それから彼女は言った。
『好き』
嬉しくて嬉しくて、思わず『やった』と声に出してしまったくらい。
からかわれたと思って涙ぐむ彼女が可愛くて、童貞のクセに今すぐ押し倒したくなった。
漫画みたいに格好よくキスをして、格好よく気持ちを伝えようと思ったのに、初キスは勢い余って頬になった。それでも、当てが外れたことを悟られないように必死で冷静を装い、思いの丈を口にした。
『好きだよ』
恥ずかしくて足の指の間がムズムズする、甘酸っぱい青春の思い出。
あの子、どうしてるんだろう……。
一か月ほどして、ようやく唇を重ねた直後、彼女は誰にも何も言わずに突然転校してしまった。
たった一か月の間に、何度彼女の手を握っただろう。
手の上でシャープを回す俺の指をじっと見つめて、自分は指が短いとはにかんでいた彼女。
あの後、シャープ回せるようになったのかな。
俺は回せなくなってしまった。
今の俺を見たら、彼女はなんて思うだろう。
何も言わずにいなくなってしまった彼女に思いを馳せた。
髪……解けなかったな。
いつか、きつく結んだ髪を解きたいと思っていた。
もちろん、下心ありありで。
彼女はわかってなさそうだったよな。
フッと笑った拍子に力が抜け、手からボールが転がり落ちた。
ただ、ボールを持っていることが、今の俺には難しい。
今、目の前に彼女がいても、この手じゃ髪を解けないな……。
怪我をしてから、初めて思った。
悔しい――!
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