楽園 ~きみのいる場所~

深冬 芽以

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6.彼女の正体

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 楽の俺を呼ぶ声に、俺もまた過去に連れ戻された。

 楽はハッとして振り返ると、声のした方に顔を上げた。

「まみ……やく――」

「早坂」

「なに、してるの?」

 一瞬だけホッとしたように表情を和らげたが、すぐにまた不安気な表情に戻ってしまった。

「ちょっと……見たいものがあってさ」

「だからって、一人の時に二階に上がったりして――」

 そう言いながら、楽が靴を脱ぎ、階段を駆け上がってきた。

「来るな」

 自分の声とは思えないほど、低く棘のあるイントネーションで発した。

「来るな」

 楽は微かに唇を開いたが、「え?」という言葉は俺には聞こえなかった。

 指示通り、楽は五段目で立ち止まる。

「ねぇ、楽。きみは誰?」

 俺はずるずると尻と足を引きずって向きを変え、両足を階段に投げ出した。楽の表情に緊張が走ったのがわかる。

 それから、手に持っている生徒手帳を楽に見せた。

「どうしてきみが、早坂の生徒手帳を持ってる?」

 今度は、楽はギュッと唇を結んだ。

「俺の、早坂への気持ちを聞いて、心の中で笑ってた?」

「――違う!」

 家中に響くような、声。

「じゃあ、なんで――」

「――あの頃とは……違うから」

「え?」

「……」

 再び唇を結び、視線を逸らした彼女が、泣きだすような気がした。

「俺を、見て」

「……」

「俺を、見ろ」

 彼女がゆっくりと顔を上げた。

 涙が滲んでいても、見えない距離がもどかしかった。

「早坂は、どうしてこの家に来た?」

「……」

 彼女は瞬きもせずに俺を見つめる。

「昔、何も言わずに消えた罪滅ぼし?」

「…………」

 俺の頭上の窓から差し込む陽の光で、彼女の瞳が輝いて見える。

「離婚して行き場がなかったから都合が良かった?」

「…………そんなんじゃ――」

 零れそうで零れない、彼女の瞳の中の涙が頬を伝う姿が見たい。

「それとも、俺に取り入って、自分を蔑む妹を見返してやろうとでも思った?」

「――やめて!」

 大粒の涙が下瞼を乗り越えて、頬に着水した。綺麗に真っ直ぐな筋をつけて滑り落ちていく。

「何も知らずに、もう一度きみを好きになった俺は、さぞ滑稽だったろうね」

「そんなわけないじゃない!」

「――だったら!!」

 興奮のあまり身を乗り出すと、楽が反射的に一段上に足を掛けた。

「どうして何も言わなかったんだよ!?」

「それは……」

「言うほどのことじゃないと思った? 思い出話には興味なかった? それとも――」

「――幻滅されたくなかった!」

「……幻滅?」

 彼女が、一段上に進む。

「転校なんかじゃない。中退なの。おばあちゃんに助けられてなんとか暮らせて、おばあちゃんの気遣いで結婚させてもらって、おばあちゃんがなくなった途端に離婚して。こんな私じゃ、間宮くんに幻滅されると思ったの」

 彼女が早口で、息継ぎもままならないほど早口で言った。それから、「はぁ」と音に出して大きく酸素を取り込んだ。
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