楽園 ~きみのいる場所~

深冬 芽以

文字の大きさ
96 / 182
11.悪魔のシナリオ

しおりを挟む

「大方、俺に子供がいないから、自分の子供に後継者の椅子が回ってくるかもとでも思ったんだろう。あのバカ女の考えそうなことだ。ああ、失礼。あなたの妹さんですよね。母親が違うとはいえ」

 央の言葉に、楽は俯いてしまった。

「とにかく、座らないか」

 央が、ダイニングテーブルを見る。

 俺と楽のコーヒーカップしか載っていない。何を思ったのか、俺のカップが置いてある場所に座った。

「やっぱり、コーヒーをお持ちします。すぐ、なので――」

「――では、牛乳を少しだけお願いします」

「はい」

 初対面の時の、三十歳にして髪はオールバック、インテリ眼鏡をかけて、ブランドスーツを着て足を組み、カフェオレをすする央をよく覚えている。

 いつも父親の一番近くにいて、立ち振る舞いも口調もそっくり。威圧的で、他人を見下していて、いつも眉間に皺を寄せているのに、甘党。

 八つも年上だが、初対面で「間違っても兄などと呼ぶな」と言われ、ムカついたから呼び捨てにしている。

「楽。カフェオレにしてやって」

「え?」

「この人、甘党なんだよ」と言いながら、俺は自分のカップを引き寄せ、楽の隣の席に座った。

「で? 親父に言われてきたんだろ。俺を出社させろって」

「ああ」

「社長のくせに、お遣いかよ」

「いい迷惑だな」

「だったら――」

「――俺は社長を辞める」

「……はっ!?」

 無表情で、淡々と爆弾発言を口にした央は、窮屈そうに長い足を組む。

「当分は副社長が社長代理を務める。お前の復帰後、適当な時機を見て副社長が社長に、お前が副社長に就任だ」

 タイミングがいいのか悪いのか、バリスタのスイッチが押され、機械音と共にコーヒーの香ばしい香りが漂う。

 とんでもないことを言われた。



 央が辞めて、俺が副社長……?



 音がやみ、俺はカウンターから楽に目を向けた。彼女もまた、俺を見ていた。

 心配そうに、少し、泣きそうにも見える。

「楽」

 名前を呼ぶ。

 彼女は少しだけ唇を噛み、カップを持って台所から出て来た。

 カップを央の前に置き、俺の隣に座る。

 央はカフェオレを一口飲み、腕を組んだ。

 俺はテーブルの下で、楽の手を握った。彼女も、握り返してくれた。

「辞める理由は?」

「父親が絶対に認めない女と結婚するためだ」

「……は?」

 予想外の理由だった。

 央に限って、恋愛絡みはないと勝手に思っていたから。

 彼は常々、自分は会社に有益な結婚をするが、今はまだその時ではないと言っていた。

「俺は会社を辞め、明堂家との縁を切って、女を選ぶ。だが、お前は?」

「え?」

「俺と違ってお前には妻がいる。会社を辞めようと親父と縁を切ろうと、その人と一緒にはなれない」

「そんなこと……っ」

 言われなくてもわかっている。

「会社に戻り、家に戻り、清算しろ」

 央はカップから立ち上る湯気に息を吹きかけ、口をつけた。

「離婚しようにも、妻が妊娠中では簡単ではないだろう。休職中で、妻以外の女性と一緒に暮らしている現状では、尚更」

「だからって――」

「――しかも、彼女に金を渡している」

「え?」

「愛人以外の何物でもないな」

 俺の手から、楽の手がするりと抜け落ちる。

 央の言うことは、いちいち尤もだ。

 だからこそ、堂々と楽の隣にいられるように、調停を申し立てた。



 なのに――!


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

処理中です...