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11.悪魔のシナリオ
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しおりを挟む「労力に見合った賃金を支給しているだけだ」
怒りに任せずに言えた言葉は、それだけ。
情けない。
後に続く央の言葉はわかりきっているのに。
「誰がそれを信じる?」
岡谷さんにも言われた。
それが真実でも、そう信じる人はゼロに等しい。
「スーツ、準備してきますね」
小さな声で言うと、楽が立ち上がった。反射的に、彼女の手を掴む。
「楽!」
「私も……帰った方がいいと思います」
「……だけどっ――」
「――待ってますから」
「え?」
「この家で待っていてもいいですか?」
楽が力なさげに微笑む。
無理しているのはわかっているのに、そうさせているのが俺なのもわかっているのに、かける言葉が見つからない。
楽に手を押し退けられ、それに従った。
「楽……」
「彼女の方がよほど冷静で、理性的だな」
楽が寝室に消え、央が言った。
「全部捨てて逃げるような男に何を言われたって――」
「――確かにな」と、央がフッと笑った。
この男が笑うところなど、見たことがあったろうか。
もちろん、職務上で必要な愛想は持ち合わせているが、必要に迫られない限りで笑うところなど、見たことがない。
「これでも戦ったんだ。これからも戦うつもりだった。だが、彼女が限界だった。だから、戦うのをやめることにした。それだけだ」
「親父が絶対に認めない相手って?」
央がカフェオレをすする。
「彼女には、前科持ちの兄がいる」
「前科?」
「ああ。今も、服役中だ」
それじゃあ、認められるはずがない。
親父じゃなくても、他の家庭においてもそうだろうが。
「何度も別れようと言われたが、その度に説得して、八年になる。とうに限界を超えていたろうに、八年待ってくれた。これ以上、引き留められない」
チリッと胸の奥が痛む。
いい大人で独身の央でさえ、好きな女と結婚するために家を捨てなければならない。
ならば、妻がいる俺が楽と一緒になるためには、何を捨てなければならないのか。
「明堂に生まれたことを恨むしかないんだよ」
その通りだ。
明堂家なんかに、あの男の子供なんかに生まれたのが元凶だ。
「要は……知ってるのか」
「言ってどうなる? あいつに会社を任せたら三か月で倒産だな。それは、副社長とも意見が一致している」
「副社長は、許したのか?」
親父の代から副社長は叔父だ。
「副社長が独身を貫いている理由を知っているか?」
「いや」
「好きな女との結婚を亡くなった祖父さんに認めさせることが出来ず、かといって家を捨てて逃げることも出来ず、俺のように何年も待たせた挙句に事故で亡くしたんだ」
知らなかった。
明堂家の人間にしては穏やかで人望が厚く、派閥争いにも関わらず、与えられた職務を全うするだけ。親父が腰抜けだと言っていたことがあるが、人間味があって俺は好きだ。
俺を見下さないところも。
「俺は、副社長の様にはなりたくない。副社長も、自分の様にはなるなと言ってくれた」
「そう……か」
「お前は、彼女をこの家に八年も閉じ込めるような真似はするなよ」
初めて、央から兄らしい言葉を聞いた。
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