楽園 ~きみのいる場所~

深冬 芽以

文字の大きさ
178 / 182
19.楽園

10

しおりを挟む



「楽さん、こんなところにいていいの?」

 昌臣くんが目を丸くした。

「悪かったな、こんなところ、で」と、昌幸さんが弟の頭を小突く。

「いいの。待ち合わせしてるから」

「待ち合わせ?」

「うん」

 私は大きなお腹を両手で抱えて、一番奥の席に座った。

 ふぅ、と息を吐く。

「何にする? ベリーソーダがお勧めだよ」

「美味しそう」

 昌幸さんが微笑んで、カウンターに戻って行く。

「珍しいね、楽さん」と、昌臣くんが言った。

「真っ白のワンピースなんて」

「うん」

 白いシャツを着ることはあるけれど、白いスカートは穿いたことがない。お腹が大きくなってから着ていたワンピースも、グレーや黒ばかりだった。

「今日は特別なの」

「特別?」

「うん、特別」

 昌臣くんはなにが特別なのかわからず、首を傾げた。そして、それを聞こうとしたところで、お店のドアが開いた。

 カランカラン、とアンティークのドアベルが鳴る。

 私はこの音が、好きだ。

「いらっしゃいませ!」

 昌臣くんが元気いっぱいに挨拶をする。

 入って来たのは、黒のスーツを着た男性。手には大きな花束。

「お好きなお席に――」

 案内しようと近づいた昌臣くんが、ハッとして私を振り返る。

「――待ち合わせ?」

「うん」

 男性は真っ直ぐ私の前に立つ。

 そして、ゆっくりと床に片膝をつき、胸の前で花束を私に向けた。

 何十本ものピンクのバラの花束。

 店には、昌幸さんと昌臣くん、おじいさんがいて、私たちを見ている。

「遅くなってごめんな?」

 少し困ったように言われて、私は首を振った。



「俺と結婚してください」



 大好きで心地良い声が、少し震えていた。



「間宮楽になって欲しい」



 嬉しくて溢れる涙が、淡いピンクの花びらを少しだけ色濃くする。



「はい」



 私は声を振り絞った。



「間宮楽になりたい」



 答えなんてわかりきっていたはずなのに、悠久がホッとしたように肩を落とす。

 私もまた、初めてのプロポーズでもないのに緊張し、嬉しくて、涙が止まらない。

 静まり返った店内に、パチパチパチと拍手が響く。

「おめでとう、楽さん」

「おめでとう!」

 昌幸さんと昌臣くん、おじいさんが笑って拍手をくれる。

 悠久は花束をテーブルに置くと、ジャケットのポケットから紺色の箱を取り出した。

 そして、蓋を押し開ける。

 二つ並んだ指輪はとてもシンプルで、石などはない。緩くV字にカーブしているだけ。

 小さい方を親指と人差し指でつまんで持ち、反対の手で私の左手を持つ。

 そして、左手の薬指に指輪を通す。

 ちょうど一年前も、こうして指輪をはめてくれた。

 あの時は、この一年でこんなに様々のことが起こるとは思っていなかった。

 ただ、一緒にいたいと願っていた。

 妊娠中で浮腫んでいるから出産後にしようと言ったけれど、悠久はどうしても今日、指輪を贈りたいと言って譲らなかった。

 指輪がはまった薬指に口づけられ、今更ながら恥ずかしくなる。

 次に私が悠久に指輪を通す。

 お揃いの指輪が、くすぐったい。

 同じことを思ったのか、悠久の口元も緩んでいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...