楽園 ~きみのいる場所~

深冬 芽以

文字の大きさ
179 / 182
19.楽園

11

しおりを挟む

「楽?」

「ん?」

「楽に久しいで、楽久がく

「楽久?」

「うん。男の子だったら楽久にしよう。女の子だったら悠楽」

 驚いた。

 悠久が目覚めてから今日までの二週間。

 私は子供の名前のことは話さなかった。

 二か月間も眠っていた悠久は、検査はもちろん、体力回復のためのリハビリなんかに忙しかったから。

 それに、こうして目覚めてくれたのだから、子供が生まれてから考えてもいいだろうと思ったのだ。

「聞こえてたよ、楽の声」

「はる……」

「ありがとう、楽。ずっと待っていてくれて」

 私は小さく首を振った。

 悠久はふっと微笑む。

「これからはずっと一緒だ」

「うん!」

 悠久が僅かに膝を浮かし、顔を近づける。

 私もまた、少し前のめりになって目を閉じた。

 ちゅっと唇が触れる。

「愛してるよ、楽」

「私も――」

 その先の言葉は、悠久の口の中に飲み込まれた。

「あーもーっ!」

 昌臣くんの声にハッとして、顔を上げる。

 すっかり二人の世界に入り込んでいて、三人の視線を忘れていた。

「俺も彼女欲しい!」

「お前、空気読めよ」と昌幸さん。

 おじいさんが、はははと笑う。

「さ、婚姻届を出しに行くんだろう? お祝いのご馳走を用意しておくから、早く行っておいで」

「え? あ、そんな――」

「――ご馳走って? 兄さんが作んの?」

 申し訳ないと遠慮しようとしたら、昌臣くんが聞いた。

「いや、手配済み。俺が作るより美味いもん用意しておくから、行っておいで」

 三人に見送られて区役所に行き、私たちは夫婦になった。

 悠久は東京を出る前に明堂から籍を抜き、間宮の戸籍を作っていた。

 お義父さまは「好きにしろ」とだけ言ったらしい。

 央さんも「名字が違っても家族には変わりない」と言ってくれたそう。

「新居の方はどうだ? ごめんな? 全部任せちゃって」

 帰り道、悠久が言った。

 手を繋いで、ゆっくりと歩いていると、後ろから次々と追い越されて行く。

 体力が落ちてしまった悠久は、必死のリハビリで杖がなくても歩けるようになったが、歩調は臨月の私と同じペースがやっと。

 若いし、すぐに元通りに動けるようになるだろうと言われているけれど。

「ううん? 央さんがお任せパックを手配してくれたから、私は何もしてないよ?」

「そっか」

「足りないものは、ゆっくり揃えていこう?」

「ああ」

 悠久が目覚めた直後、央さんの提案でみちるさんと同じマンションで暮らすことになった。

 今夜から、悠久もそのマンションに帰る。

「幸せになろうな」

 悠久が言った。

 見上げると、彼は雲一つない青空に目を細めていた。

「もう、幸せだよ」

「こんなもんじゃないよ」

「そうなの?」

「ああ。全然足りない」

「そっか」

「そうだよ」

「……そうだね」

 私は夫の腕に身体を寄せた。

「なあ、楽」

「ん?」

「いい天気だな」

「うん」

 青空の下、愛する人と並んで歩く。

 それだけで、涙が出るほど幸せだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

処理中です...