共犯者 ~報酬はお前~

深冬 芽以

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第十一章 嫉妬

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「雄大とは長いの?」

「え……?」

「上司と部下としてじゃなく、恋人になってから」

「いえ……」

 一か月、とは言えなかった。

「私と雄大は二年、付き合ってたわ」

『それが?』と言いたかった。

「けど、結婚の話は出なかった。だから、驚いたわ。雄大が結婚するなんて」



 そりゃそうでしょう。

 当の私でさえ、驚いているんだから。



「妊娠、してるの?」

「え?」

「あれだけ結婚に興味のなかった雄大が結婚するって言うから、理由は子供かと思って」

 自分の事情は棚に上げて、私はムッとした。



 妊娠でもしてなきゃ、雄大さんが私なんかと結婚したりしないって?



「してません」

「じゃあ、何?」

「え?」

「結婚する理由」

 この人は、何が何でも恋愛結婚を否定したいらしい。それがわかっていながら、聞いた。

「ずっと一緒にいたいから、じゃおかしいですか?」

「おかしいわね」と、即答された。

「あれほど結婚で実家に縛られることを嫌がっていた雄大が、好きだの愛してるだのなんて理由で結婚するなんてあり得ない」



 実家に縛られる……?



「あなた、ご実家は?」

「え?」

「お父さまのご職業は?」

 ぶっきらぼうな言い方をされて、聞かれたことに素直に答えなければならないのは、癪に障った。

 けれど、雄大さんのことを何も知らないと馬鹿にされるのは、もっと癪に障る。

「両親は他界しました」

「そう……」

「それが結婚となんの関係が――」

「私の父親は病院を経営しているの」

「は?」

「政財界とも懇意にしていてね。雄大のご両親とも交流があったの」

 自分の実家の自慢話にしか聞こえなかったけれど、雄大さんの両親が登場するあたり、そうではないらしい。

「付き合い始めた頃はそれを知らなかったんだけど、半年ほどして親同士に接点があったとわかって、雄大に言われたの。『親が知れば俺たちの意思なんて無視して結婚話が進むだろう。少しでも結婚願望があるのなら、今のうちに別れてくれ』って」

 お料理をお持ちしました、と声がして、襖が開いた。お盆の上には前菜から汁物までの六品が並んでいる。

「食べながら話しましょう」

 春日野さんが箸をつけ、私も続いた。

「続きだけど、私は雄大と付き合っていることを他言しないと約束したわ。もちろん、結婚も望まないと。正直、一緒にいれば雄大の気が変わるんじゃないかと、少し期待していた。けど、二年付き合っても雄大の気持ちは変わらなかった」

「どうして別れたんですか?」

 普通なら聞きにくいことだが、すんなり聞けた。

 天ぷらは、雄大さんに連れて行ってもらったお店の方が、美味しい。

「私が静岡に転勤になったから」

「そうですか……」

 春日野さんは遠距離でも雄大さんとの関係を続けたかったんじゃないだろうか、と思った。
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