共犯者 ~報酬はお前~

深冬 芽以

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第二十一章 苦悩

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 耳たぶを甘噛みすると、馨の手がつねられた部分優しくさすってくれた。

「もう、会わないでほしいけど、そういうわけにはいかないよね?」

「……そう……だな」

 玲はきっと、妊娠したことを両親に告げる。その数分後には俺の両親の耳にも入るはずだ。更にその翌日には、結納の日取りが決められることだろう。

 俺がいくら違うと言っても、あの写真を見られたらお終いだ。誰が撮ったかなんて問題視されず、俺が子供の父親であることの証拠にされる。

 仮にDNA検査を申し出ても、許されるはずもない。一人娘を嘘つき呼ばわりされて、受け入れる親はいないだろう。



 どうする……?



「春日野さん、子供を産むと思う?」

 馨が言った。

「どうかな。生まれたら、父親が俺じゃないことがはっきりするからな」

「流産なんてしたら……子供の父親が誰かはわからないままだね」



 流産――。



 まさか、それが狙いだなんて思いたくないが、こうなった以上、玲が何をしても不思議じゃない気がする。

「俺が自分の子供ではないと春日野を拒絶し、ショックで流産でもしたら、俺はその責任を取る形でなし崩し的に結婚、か」

「雄大さん……」

 馨の髪が顎をくすぐり、心地良い。

「春日野さんのしていることは許せないけど、彼女を苦しめたいとか傷つけたいとかは思わない」

「わかってるよ」と言って、馨の髪に指を絡める。

「……黛が……春日野さんを妊娠させた張本人だとしたら――」

 考えないようにしていた、恐らくそうであろう可能性を、馨が口にした。

 そうでなければいいと、思いたかった。

 そんな風に思う俺は、やっぱり甘いのかもしれない。

「春日野さんが危険かもしれない」

「危険?」

「うん」

 馨は俺の膝から立ち上がると、寝室を出て行った。一分ほどで戻ってきた時、手には茶封筒があった。

 封筒を差し出され、俺は受け取った。ベッドに並んで座り、封筒から中身を取り出した。薄いファイルが二冊、入っていた。

 一冊は素行調査報告書。もう一冊は身辺調査報告書。

 ページをめくると、明朝体で印刷された『黛賢也氏の素行調査結果』という言葉が目に入った。日付は一年ほど前。

「高校卒業を控えた桜から黛と結婚したいと言われて、調査したの」

 ざっと目を通しただけで、黛がいかに最低な人間かがわかる。学生の頃から女性関係にはだらしなく、付き合いのあった友人の中には、覚せい剤の売人として逮捕されている人間もいた。黛自身にも覚せい剤所持と使用の疑いがあった。

「これを見せれば、妹も目が覚めたんじゃないのか?」

「そうかもしれない。けど、過去を知られた黛が逆上するのを恐れて、私は桜を留学させたの」

 ある意味、賢明な判断だ。
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