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第二十七章 協力
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「桜は認めてくれたんじゃないのか? だから、婚約したんだろう?」
「お前らと同じだよ……。桜は立波リゾートを手に入れるための共犯者が欲しかった。俺はそのお眼鏡にかなっただけのことだ」
桜と黛も『共犯者』か……。
「桜はどうしてそこまで立波リゾートにこだわるんだ」
「さあな。だが、桜の金への執着は半端じゃない」
恋人のためか……。
安永に亨のことを調べてもらった。
母親が亡くなってからしばらくは親戚の家を転々としていたが、高校卒業と同時に独り暮らしを始めた。いくつかのアルバイトをしながら生活していたらしい。だが、四年ほど前の同時期にどの仕事もクビになっていた。それからは、ホストクラブで働いていたが、一年ほど前に辞めている。
その直後、出国した。桜が留学で出国したのと同じ日に。同じ飛行機で。
三か月後、就労ビザが失効する直前に、亨は現地の女性と結婚している。
永住権を手に入れるための、偽装結婚だろう。
そうまでして、桜と一緒にいたいのか――。
「馨と桜の不仲の理由を知っているか?」
「……さあ? 馨がいなきゃ桜が立波を手に入れられるからだろ」
黛も真相は知らない……か。
「だが、桜は言ってたぜ? 『お姉ちゃんが最後に選ぶのは私』だって」
「随分な自信だな」
「桜に弱みでも握られてるんだろ。『私を見捨てたら、お姉ちゃんの人生はお終いなの』とも言ってたからな」
馨の弱み……?
「お前さえ馨に近づかなきゃ、上手くいったんだ」
もう、黛のナイフを持つ手に、力は入っていなかった。
黛に、俺を刺す気などなくなっていた。
初めから、そんな気はなかったのかもしれない。罠だとわかって飛び込んできたのだから。
ポツ、と音がした気がした。
「俺が馨に近づいたのは、お前が馨に近づいたからだよ」
もう一度、今度は確かにポツッと音がした。
「お前に言い寄られてる馨を見て、俺が守ってやりたいと思ったんだ」
ポツポツ、と速度と音量を増して、雨が降り出した。瞬く間にアスファルトを色濃く変えていく。
「自業……自得か」と、黛が呟いた。
追い詰められた上に雨にまで降られて、黛はすっかり肩を落としていた。最早、奴の目には俺すら写っていなさそうだ。
「自首しろ」
「……それで?」
「は?」
「自首して、刑務所入って、出てきて、それから俺に何がある?」
雨足が強くなり、ザーッという水音が耳を塞ぐ。だから、黛の力ない声が、余計にか細く聞こえる。
「もう、俺には何もない……」
黛の頬を伝う雫が雨なのか涙なのかは、もうわからなくなっていた。
俺も、しばらく整えていない伸びた前髪から滴る雨が、いちいち目を刺激する。
「……親父を見返したいんじゃないのかよ」
「どうやって? 親父は俺が息子であることを否定した。家も別荘も出禁だとよ」
黛が、クククッと気味の悪い笑みを浮かべる。
「それに、暁不動産はすぐに人手に渡る。俺がムショから出て来る頃には、親父は死んでるかもな」
「お前らと同じだよ……。桜は立波リゾートを手に入れるための共犯者が欲しかった。俺はそのお眼鏡にかなっただけのことだ」
桜と黛も『共犯者』か……。
「桜はどうしてそこまで立波リゾートにこだわるんだ」
「さあな。だが、桜の金への執着は半端じゃない」
恋人のためか……。
安永に亨のことを調べてもらった。
母親が亡くなってからしばらくは親戚の家を転々としていたが、高校卒業と同時に独り暮らしを始めた。いくつかのアルバイトをしながら生活していたらしい。だが、四年ほど前の同時期にどの仕事もクビになっていた。それからは、ホストクラブで働いていたが、一年ほど前に辞めている。
その直後、出国した。桜が留学で出国したのと同じ日に。同じ飛行機で。
三か月後、就労ビザが失効する直前に、亨は現地の女性と結婚している。
永住権を手に入れるための、偽装結婚だろう。
そうまでして、桜と一緒にいたいのか――。
「馨と桜の不仲の理由を知っているか?」
「……さあ? 馨がいなきゃ桜が立波を手に入れられるからだろ」
黛も真相は知らない……か。
「だが、桜は言ってたぜ? 『お姉ちゃんが最後に選ぶのは私』だって」
「随分な自信だな」
「桜に弱みでも握られてるんだろ。『私を見捨てたら、お姉ちゃんの人生はお終いなの』とも言ってたからな」
馨の弱み……?
「お前さえ馨に近づかなきゃ、上手くいったんだ」
もう、黛のナイフを持つ手に、力は入っていなかった。
黛に、俺を刺す気などなくなっていた。
初めから、そんな気はなかったのかもしれない。罠だとわかって飛び込んできたのだから。
ポツ、と音がした気がした。
「俺が馨に近づいたのは、お前が馨に近づいたからだよ」
もう一度、今度は確かにポツッと音がした。
「お前に言い寄られてる馨を見て、俺が守ってやりたいと思ったんだ」
ポツポツ、と速度と音量を増して、雨が降り出した。瞬く間にアスファルトを色濃く変えていく。
「自業……自得か」と、黛が呟いた。
追い詰められた上に雨にまで降られて、黛はすっかり肩を落としていた。最早、奴の目には俺すら写っていなさそうだ。
「自首しろ」
「……それで?」
「は?」
「自首して、刑務所入って、出てきて、それから俺に何がある?」
雨足が強くなり、ザーッという水音が耳を塞ぐ。だから、黛の力ない声が、余計にか細く聞こえる。
「もう、俺には何もない……」
黛の頬を伝う雫が雨なのか涙なのかは、もうわからなくなっていた。
俺も、しばらく整えていない伸びた前髪から滴る雨が、いちいち目を刺激する。
「……親父を見返したいんじゃないのかよ」
「どうやって? 親父は俺が息子であることを否定した。家も別荘も出禁だとよ」
黛が、クククッと気味の悪い笑みを浮かべる。
「それに、暁不動産はすぐに人手に渡る。俺がムショから出て来る頃には、親父は死んでるかもな」
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