共犯者 ~報酬はお前~

深冬 芽以

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第二十九章 上司と部下

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 馨が素直じゃないのはわかってた。

 黛の件が片付いたからと、自分から別れを告げた馨がすんなり戻ってくるとも思っていなかった。

 だからこそ、安永に頼んで高津を尾行してもらった。

 お陰で、馨の居場所を突き止められたし、会えた。

 けれど、帰国した馨が真っ先に連絡を取ったのが俺ではないことに、改めて腹が立った。

 馨が俺を愛してくれていることはわかっている。愛してくれているからこそ、別れを決めたことも。



 それでも、俺は一緒にいる苦しみを選んで欲しかった。



 馨と離れていた二週間のことは、正直よく覚えていない。記憶は、ある。高津と交わした言葉も、黛の涙も覚えている。

 だが、あまりにも目まぐるしくて、余裕がなさ過ぎて、実感がない。

 とにかく、馨を取り戻したい一心で、必死だった。

 同時に、黛が逮捕されても馨がすぐに帰国するのか、帰国しても高津を選ばないか、不安でたまらなかった。

 もちろん、帰国しないのであれば俺が行こうと思っていたし、たとえ高津を選んでも取り戻すつもりでいた。



 それでも……。



 だから、馨に『関係ない』と言われて、感情の堰がきれた。

 狂ったように馨を抱いた。

 腹の痛みなんか感じないほどの快感に溺れた。どうせなら、傷が開けばいいとすら思った。



 そうしたら、馨は俺から離れられないだろう……?



 どんな方法でもいい。どんなに卑劣な方法でも構わない。



 一生、馨をこの腕に縛り付けておけるのなら――。



 愛と狂気は表裏一体。

 馨のように、愛する者のために身を引くような美しい愛し方、俺には出来ない。なら、俺は狂気に満ちた愛を貫く。

 馨に恨まれても、憎まれても構わない。

 その恨みや憎しみを受け止められる距離に居続けられるのなら、それでいい。

 馨が俺を罵りたい時に罵れる距離。殴りたい時に殴れる距離。



 俺って、やっぱMか?



 以前、酔った馨に縛られた時にも思った。

 身動きの取れない状況で、これ以上ないほど興奮した。



 ま、馨限定だな。



 自分の考えに可笑しくなって、思わずふっと声が漏れた。

 まだ薄暗い明け方で良かった。

 そうでなきゃ、無精ひげを生やしてにやけ顔で歩いている、ただの変人だ。

 そうだ。

 こんな姿で放り出されたのは初めてだ。

 だから、こんな姿で一生に一度の大勝負をしなきゃならないのは、俺のせいじゃない。

 ドアの前で泣くと脅したり、縛られて興奮したり、プロポーズした直後に追い出されたり。馨と付き合ってからの俺は散々だ。俺がしたことを知ったら、どうなることやら。

 腹の傷が増えるかもしれないな、と思った。

 馨に愛された証なら、どんな傷も甘んじて受けよう。



 それでも、馨に拒絶されたら……。



 俺は一抹の不安に蓋をした。



 大丈夫。

 切り札はこの手ここにある――――。



 俺は覚悟を決めて、切り札を差し出した。
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