愛が全てじゃないけれど

深冬 芽以

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2.別れ話

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 慶太朗からの着信は、私が帰宅して三時間後だった。

 シャワーを浴びてベッドに入っても寝付けなくて、考えないようにすればするほど、慶太朗と小花ちゃんのキスを反芻してしまう。

 シャワーの後、ドライヤーの後、ベッドに入った後。何度もスマホを見てしまった。

 謝罪の電話がくるはず。

 それを待ち構えている自分が嫌だった。

 とはいえ、日付が変わった後。

 私は電話に出なかった。


 そもそも、この時間までナニをしていたのかしら……?


 恋人に嘘を吐いて合コンに行っていたことがバレたら、普通はその場で離脱するか、私の後を追って店を出てくるものではないだろうか。


 恋人のキスシーンを眺めてた私も、普通じゃないか……。


 目撃した時、冷静だったのは峰濱さんがいたから。だと帰ってから思った。


 あの時、誰の目も気にしない状況だったら、外に出て慶太朗を殴るくらいのこと、したかしら。


 しなかったかもしれない、と思った。

 奈都と鈴原くんが別れた時、慶太朗は奈都を責めた。

 本人に向かってじゃない。

 私に向かって、奈都を責めるようなことを言った。

『鈴原が可哀想だ』『ちょっと焦っただけだろ? そんなの誰だってそうだ』『鈴原のこと、本気で好きだったのかよ!?』と。

 私がムカついて『私が妊娠したら、慶太朗はさぞかし冷静な決断ができるんでしょうね!』と言ったら、黙った。

 あれから、表面上はいつも通りだけれど、ギクシャクしていた。

 会っても食事をするだけで解散だし、休日も理由をつけて泊まりはしない。

 慶太朗が何を考えているか、なんとなくわかっていた。

 奈都と鈴原くんの件で、自分と私の将来を考えたのだろう。

 恐らく、考えすぎるほどに。

 慶太朗の、そういう不器用な真面目さは嫌いじゃない。

 けれど、私と気持ちの温度差があり過ぎて、私は寄り添おうとしなかった。

 結婚をせがむつもりで言ったわけじゃない。

 でも、慶太朗は考え始めた。

 私が妊娠したら、を。


 ぐるぐる考えて、考えすぎて、営業部のみんなに気遣われて、合コンで変な方向に振り切った……ってところでしょうね。


 私は布団が肩から下がらないように押さえながら、寝返りをした。

 充電器に繋がれたスマホを手に取り、五件の着信と現在時刻が一時四十八分であると確認し、再びベッド脇のチェストに戻す。

 こんな時でも、早く寝なければ、と思う。

 明日――いや、今日も仕事だ。

 眠れなくても目を閉じていなければ。

 恋人が浮気した。

 少なくとも、私以外の女とキスをした。

 もしかしたら、セックスしたかもしれない。

 それなのに、恋人からの電話にも出ずに早く寝ようとしている。

 目を閉じると、また慶太朗と小花ちゃんのキスが浮かんだ。

 慶太朗が考えたように、私も考えた。

 彼との将来を。

 その結果が、今だ。


 ムカついては……いる、けど……。


 嘘を吐いた。

 同じ年の恋人がいながら、若い嫁が欲しいと言った。

 私がすぐそばにいるのに、他の女とキスをした。

 私が他の男と店を出ても、追いかけても来なかった。


 弁解の電話は三時間後……と。


 私は怒っているのだろうか。

 傷ついているのだろうか。

 どうして涙が出ないのだろうか。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。

 が、恐らくせいぜい二時間の睡眠。

 体調は最悪だった。
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