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2.別れ話
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「で? あの後、支倉くんからは?」
昼休みの終わり頃にやって来た奈都に誘われて、フロアの端にある自動販売機の前まで行く。
軽めに済ませたとはいえ、食事をしたら眠くなった。
私はコーラを買って、その場で半分を飲む。
「言い訳聞いてたら寝不足? それとも、家まで来た?」
「ん~ん。日が変わってから電話きたけど無視した」
「あら」
奈都はカップ式の自販機で紅茶を買う。
「そんな時間までナニしてたのかねぇ」
「なに、他人事みたいに言ってるの?」
「ん~……」
「怒るところでしょう?」
「だよねぇ」
「支倉くんのノリは今に始まったことじゃないでしょ? それとも、別れる気?」
「……」
首を上げて天井を見ると、首がコキと鳴った。
ふぅっと息を吐き、首を戻し、少し回す。
「昨日、トイレに立った時さ? 見ちゃったのよ。慶太朗が小花ちゃんとキスしてるとこ」
「……はぁ?」
美人秘書らしからぬ低い声に、笑ってしまった。
「後ろでキスがどうとか騒いでたの、ホントだったの?」
「うん。まぁ、小花ちゃんの方が積極的な感じだったけど」
「それにしたって! なに考えてんのよ、支倉の奴」
「ホントにね」
「美空もよ! 一発でも二発でも殴ったの!? ポケ~ッと見てたわけじゃないでしょうね」
「見てた」
「どうして」
「なんか……ねぇ」
残りのコーラを飲む。
喉の奥がパチパチして、痛い。
「悶々として眠れないくらいなら、電話に出て怒鳴りつけてやればよかったじゃない!」
「うん」
ペットボトルのラベルを外してキャップと一緒にゴミ箱に捨てた。
ペットボトルはペットボトル用のごみ箱へ。
「私はマンション派だしね」
「はい?」
「慶太朗、言ってたじゃない。庭付きの一軒家が欲しいって」
「ああ」
「私は庭に興味ないし」
「あんなの本気じゃないでしょ。大体なんなのよ、自称エースって。目標年収って! 詐欺じゃない」
詐欺……。
慶太朗と詐欺、があまりにもミスマッチで笑える。
「笑い事じゃないわよ!? 支倉に詐欺なんてできたら、この世の終わりだからね?」
「そこなの!?」
大笑いしていたら、午後の始業を告げるチャイムが鳴った。
「美空。私のせいであんたたちまで別れるとか、嫌よ」
「別れることになったとしても、奈都のせいじゃないわ」
「ちゃんと話しなさいよ。怒るなり殴るなり限界まで焦らすなりして、仲直りして」
限界まで焦らす……。
何より効果がありそうだ。
ふざけたことを言っても、奈都が心配してくれているのはよくわかる。
「奈都もそうしたら良かったのに」
「私のことは――」
「――もう一度話を聞いてあげたら?」
「え?」
「ってくらいなら言ってあげるって、言ったの」
皆まで言わずとも『誰に』かは奈都にも伝わり、彼女は苦笑いした。
「……確かに、言われた」
「ん」
私の言葉で奈都がもう一度鈴原くんと話す気になるかは、別の話だ。
同じように、奈都に別れるなと言われても、私がどうするかは私が決めること。
実際、決まっていた。
だから、眠気に負けずになんとか一日の仕事を終えて、コンビニ弁当を片手に家に帰った時、部屋の前に慶太朗がいても揺らがなかった。
「ごめん!」
マンションの冷たい廊下に膝をつき、頭を下げる慶太朗を、いくら言ってもミスが減らない部下を見るように、見下ろす。
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