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5.縮まる距離
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「妹さんがいるんですね」
「うん。美空さんは?」
「私は弟がいます。早くに結婚して親のそばにいるんですけど」
「そうか」
出身地が同じことで、互いについ饒舌になる。
一気に親近感が湧いたのは私だけじゃないはず。
「いつから――」
少し前のめりになって話していたら、また車外でけたたましいエンジン音とクラクションが聞こえた。
私は驚き、肩を竦めた。
その時、ふっと視界が覆われ、成悟さんの両腕に抱きすくめられた。
耳を劈くクラクションはしばらく鳴り続けている。
「今度……一緒に行こうか」
耳元で低い声が穏やかに囁く。
「札幌」
どんなに外がうるさくても、わかった。
彼の鼓動の速さ。強さ。
私は小さく頷き、成悟さんの肩に頭を預けた。
「次は俺の家に来て。恋人も入り浸りの母親もいないから」
思わずふふっと肩を揺らす。
「疑ってなんか――」
「――疑っていいよ。でなきゃ、二人きりになる口実を考えないといけない」
「今も……」
『今も二人きり』だと言おうとして、やめた。
成悟さんの言う二人きりと意味が違うことくらい、わかる。
「今度、お邪魔します」
「うん」
「それまでに、元カノの忘れ物が残ってないか、ちゃんと確認しておいてください」
「……ないよ、そんなの」
本当なのだろう。
たった数回会っただけなのに、彼の言葉に嘘はないと思える自分に驚く。
私、チョロいな……。
成悟さんの腕が緩み、二人の距離がゆっくりと離れていく。
じっと見つめられてキスをされるのではなんて思ってしまったのは、私の目線が彼の唇の高さだったから。
が、ヴーッヴーッとスマホのバイブ音がしだして、甘い空気が薄れた。
私のバッグは私の膝の上にあり、震えていないことがわかるから、音の出所は成悟さんのポケット。
私を見つめたままスマホを取り出そうとしない彼に、言った。
「出ないんですか?」
これだけ長く鳴っているのだから、メッセージではなく着信だろう。
「大事な……用事かも」
成悟さんはふぅっと小さく息を吐くと、ポケットに手を入れた。
スマホを見て眉をひそめ、タップして耳にあてる。
「はい」
エンジン音でもクラクションでもいい。
何か音がしていれば、聞こえなかったかもしれない。
だが、こんな時に限って車内も車外も静か。
お陰で、聞こえてしまった。
「え? いや、いい。――それは来週で――」
多分、秘書。
成悟さんは私を気にしながら、少し苛立たしそうに、けれどそれを声に出さないように話している。
「――ヒナタ、そんなことで電話してくる必要はない。今は遠慮してくれないか」
ヒナタさん、と言うのね。
私はバッグをギュッと握ると、成悟さんに微笑んだ。
小さく手を振って、ドアノブに手をかける。
彼に背を向けると同時に腕を掴まれた。
「――そんなに気になるなら経費にしてくれていい。それから、そんなことでこんな時間に電話してこないでくれ」
成悟さんがスマホを耳から離すと、女性の「社長!」という高い声が聞こえた。が彼は躊躇なくスマホの〈終話〉マークをタップし、少し乱暴にポケットに押し込んだ。
「待って」
「いいんですか? 仕事の電話じゃ――」
「――いや、いいんだ」
「でも、秘書の方でしょう?」
「うん。でも、いつもはこんなことで電話なんかしてこないのに――」
「――綺麗な方でしたね」
「うん。美空さんは?」
「私は弟がいます。早くに結婚して親のそばにいるんですけど」
「そうか」
出身地が同じことで、互いについ饒舌になる。
一気に親近感が湧いたのは私だけじゃないはず。
「いつから――」
少し前のめりになって話していたら、また車外でけたたましいエンジン音とクラクションが聞こえた。
私は驚き、肩を竦めた。
その時、ふっと視界が覆われ、成悟さんの両腕に抱きすくめられた。
耳を劈くクラクションはしばらく鳴り続けている。
「今度……一緒に行こうか」
耳元で低い声が穏やかに囁く。
「札幌」
どんなに外がうるさくても、わかった。
彼の鼓動の速さ。強さ。
私は小さく頷き、成悟さんの肩に頭を預けた。
「次は俺の家に来て。恋人も入り浸りの母親もいないから」
思わずふふっと肩を揺らす。
「疑ってなんか――」
「――疑っていいよ。でなきゃ、二人きりになる口実を考えないといけない」
「今も……」
『今も二人きり』だと言おうとして、やめた。
成悟さんの言う二人きりと意味が違うことくらい、わかる。
「今度、お邪魔します」
「うん」
「それまでに、元カノの忘れ物が残ってないか、ちゃんと確認しておいてください」
「……ないよ、そんなの」
本当なのだろう。
たった数回会っただけなのに、彼の言葉に嘘はないと思える自分に驚く。
私、チョロいな……。
成悟さんの腕が緩み、二人の距離がゆっくりと離れていく。
じっと見つめられてキスをされるのではなんて思ってしまったのは、私の目線が彼の唇の高さだったから。
が、ヴーッヴーッとスマホのバイブ音がしだして、甘い空気が薄れた。
私のバッグは私の膝の上にあり、震えていないことがわかるから、音の出所は成悟さんのポケット。
私を見つめたままスマホを取り出そうとしない彼に、言った。
「出ないんですか?」
これだけ長く鳴っているのだから、メッセージではなく着信だろう。
「大事な……用事かも」
成悟さんはふぅっと小さく息を吐くと、ポケットに手を入れた。
スマホを見て眉をひそめ、タップして耳にあてる。
「はい」
エンジン音でもクラクションでもいい。
何か音がしていれば、聞こえなかったかもしれない。
だが、こんな時に限って車内も車外も静か。
お陰で、聞こえてしまった。
「え? いや、いい。――それは来週で――」
多分、秘書。
成悟さんは私を気にしながら、少し苛立たしそうに、けれどそれを声に出さないように話している。
「――ヒナタ、そんなことで電話してくる必要はない。今は遠慮してくれないか」
ヒナタさん、と言うのね。
私はバッグをギュッと握ると、成悟さんに微笑んだ。
小さく手を振って、ドアノブに手をかける。
彼に背を向けると同時に腕を掴まれた。
「――そんなに気になるなら経費にしてくれていい。それから、そんなことでこんな時間に電話してこないでくれ」
成悟さんがスマホを耳から離すと、女性の「社長!」という高い声が聞こえた。が彼は躊躇なくスマホの〈終話〉マークをタップし、少し乱暴にポケットに押し込んだ。
「待って」
「いいんですか? 仕事の電話じゃ――」
「――いや、いいんだ」
「でも、秘書の方でしょう?」
「うん。でも、いつもはこんなことで電話なんかしてこないのに――」
「――綺麗な方でしたね」
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