愛が全てじゃないけれど

深冬 芽以

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9.同期会

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*****


 翌週、奈都の様子から神海さんと話をして納得できた、ようではないとわかった。

 月曜日はお互いに忙しくて、廊下で立ち話をした程度だったが、奈都は「話はしたけど」とだけ言っていた。

 私は新入社員の研修や、配属先の調整なんかに追われた。

 とにかく次から次へと仕事が重なって、社内で慶太朗と顔を合わせても、気まずくなる余裕もないほど。

 営業部でトラブルがあったようで、慶太朗も走り回っていた。

 だから、定時の少し前に来客があり、その客の名前に聞き覚えがなくても、手足を止めるよりさっさと対応をしてしまいたい気持ちで、エントランスに下りた。

 私を呼んだこのみの後輩の受付担当が、私に目くばせをする。

 その方向を見ると、壁に背を預けて立ち、じっとこちらを見ている小柄な女性がいた。


 小花ちゃん――っ!?


 私は小花ちゃんから視線を逸らして、受付の女性に近づいた。

「私を呼んだの、あの子?」

 小声で聞くと、彼女は頷いた。

「社名もなしに大熊さんを呼ぶように言われて。用件を聞いても大事なことだとしか言わなくて」

 彼女も困ったのだろう。

 私は「わかったわ」と言って、背筋を伸ばした。

 ゆっくりと、余裕を持って小花ちゃんに近づいていく。

 小花ちゃんは私をじとっと睨み、その場を動かない。

 まるで『お前が来い!』と指示されているようで少し癪だ。

 私は彼女の四、五歩手前で足を止めた。

 向き合って話をするには少しだけ遠い。

 他人に聞かれたくない話をするなら、尚更遠い。

 しかも、私は何も言わなかった。

 ただ、じっと、小花ちゃんの目を見ている。

 大人気おとなげないのは百も承知。

 だが、仕掛けたのはまたも彼女だ。

 数秒の無言に耐えられなくなった小花ちゃんが、一歩踏み出しながらようやく口を開いた。

「嘘つき!」


 ……はい?


 以前もそうだったが、彼女の声はよく響く。

 エントランスこういう場所では特に、とても。

 私には見えない場所にいる人にまで聞こえたかもしれない。

 とにかく人の視線を全身に感じて、私は小花ちゃんをキッと睨みつけた。が、彼女には気づかれなかったのか、スルーされたのか、とにかく何の効果もなかった。

「慶ちゃんには二度と近づかないって言ったのに!」

「……は?」

「慶ちゃんのこと、諦めるって言ったじゃない!!」


 言ってないから!!


 三か月ほど前の、コンビニでの会話が、どうしてこんなに歪曲して記憶されてしまったのか。

「あのね、私は『未練なんてないし、つきまとってもいない』と言ったの。まるで私がフラれたような言い方を――」

「――同じじゃない! おばさんより私を選んでくれたんだから!」


 ……言葉が通じない……。


 エントランスにいる人たちが足を止め、じっと私たちを見ている。

 ジロジロ見て失礼だ、なんて言えない。

 私だってこんな修羅場に居合わせたら、見てしまう。

「とにかく――」

 私は一秒でも早くこの場を収め、立ち去りたかった。

「――私と支倉くんはもう――」

「――証拠があるんだから!」

 言うや否や、どこから取り出したのか小花ちゃんが数枚の紙を私に投げつけた。

「っ!?」

 足元に落ちたのは、写真。

 見下ろすと、それは数日前の同期会後の私と慶太朗だった。


 なに、これ……!


 薄暗いしぼやけているけれど、私と慶太朗だとはわかる。

 私の手が半端に見切れていて、まるで慶太朗の肩を抱いているように見える。

 逆に、慶太朗は横顔がわかるが背を向けている格好だから、その手の場所がわからない。

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