80 / 191
9.同期会
11
しおりを挟む*****
翌週、奈都の様子から神海さんと話をして納得できた、ようではないとわかった。
月曜日はお互いに忙しくて、廊下で立ち話をした程度だったが、奈都は「話はしたけど」とだけ言っていた。
私は新入社員の研修や、配属先の調整なんかに追われた。
とにかく次から次へと仕事が重なって、社内で慶太朗と顔を合わせても、気まずくなる余裕もないほど。
営業部でトラブルがあったようで、慶太朗も走り回っていた。
だから、定時の少し前に来客があり、その客の名前に聞き覚えがなくても、手足を止めるよりさっさと対応をしてしまいたい気持ちで、エントランスに下りた。
私を呼んだこのみの後輩の受付担当が、私に目くばせをする。
その方向を見ると、壁に背を預けて立ち、じっとこちらを見ている小柄な女性がいた。
小花ちゃん――っ!?
私は小花ちゃんから視線を逸らして、受付の女性に近づいた。
「私を呼んだの、あの子?」
小声で聞くと、彼女は頷いた。
「社名もなしに大熊さんを呼ぶように言われて。用件を聞いても大事なことだとしか言わなくて」
彼女も困ったのだろう。
私は「わかったわ」と言って、背筋を伸ばした。
ゆっくりと、余裕を持って小花ちゃんに近づいていく。
小花ちゃんは私をじとっと睨み、その場を動かない。
まるで『お前が来い!』と指示されているようで少し癪だ。
私は彼女の四、五歩手前で足を止めた。
向き合って話をするには少しだけ遠い。
他人に聞かれたくない話をするなら、尚更遠い。
しかも、私は何も言わなかった。
ただ、じっと、小花ちゃんの目を見ている。
大人気ないのは百も承知。
だが、仕掛けたのはまたも彼女だ。
数秒の無言に耐えられなくなった小花ちゃんが、一歩踏み出しながらようやく口を開いた。
「嘘つき!」
……はい?
以前もそうだったが、彼女の声はよく響く。
エントランスでは特に、とても。
私には見えない場所にいる人にまで聞こえたかもしれない。
とにかく人の視線を全身に感じて、私は小花ちゃんをキッと睨みつけた。が、彼女には気づかれなかったのか、スルーされたのか、とにかく何の効果もなかった。
「慶ちゃんには二度と近づかないって言ったのに!」
「……は?」
「慶ちゃんのこと、諦めるって言ったじゃない!!」
言ってないから!!
三か月ほど前の、コンビニでの会話が、どうしてこんなに歪曲して記憶されてしまったのか。
「あのね、私は『未練なんてないし、つきまとってもいない』と言ったの。まるで私がフラれたような言い方を――」
「――同じじゃない! おばさんより私を選んでくれたんだから!」
……言葉が通じない……。
エントランスにいる人たちが足を止め、じっと私たちを見ている。
ジロジロ見て失礼だ、なんて言えない。
私だってこんな修羅場に居合わせたら、見てしまう。
「とにかく――」
私は一秒でも早くこの場を収め、立ち去りたかった。
「――私と支倉くんはもう――」
「――証拠があるんだから!」
言うや否や、どこから取り出したのか小花ちゃんが数枚の紙を私に投げつけた。
「っ!?」
足元に落ちたのは、写真。
見下ろすと、それは数日前の同期会後の私と慶太朗だった。
なに、これ……!
薄暗いしぼやけているけれど、私と慶太朗だとはわかる。
私の手が半端に見切れていて、まるで慶太朗の肩を抱いているように見える。
逆に、慶太朗は横顔がわかるが背を向けている格好だから、その手の場所がわからない。
15
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる