118 / 191
13.消したい過去
9
「嘘を吐いたことは謝るわ。でも、離婚に向けての話し合いをしている最中だったの。そんな時に夫が事故に遭ったって連絡を受けて、気が動転したのよ。会社のこともあるし。だから――」
「――関係ない」
「成悟」
「もう、関係ない。俺は二度とあなたには関わりたくないし、俺にも関わってほしくない」
「私を愛してくれていたじゃない」
「過去だ。それも、あなたが独身だと思っていたからこそだし。今も、離婚していないだろう? 式の最中に親戚が話していたよ。事故に遭ったご主人を献身的に支え――」
背後で大型バスのエンジンがかかり、成悟と瑛子さんの声は一切聞こえなくなってしまった。
こうなったら、堂々と出て行こう。
私は今度こそ大きく深呼吸をした。
そして、背筋を伸ばして建物から一歩足を踏み出す。
誰が来るかともわからない駐車スペースの前で、私の恋人が且つて愛した女性が、今まさに私の恋人の首に手を伸ばしていた。
「成悟」
成悟が瑛子さんの腕に捉えられる寸前、二人が私を見た。
「美空!」
彼が目を丸くして私に駆け寄る。
「一緒に帰ろうと思って」
私の言葉に、ほっと頬が緩んだ成悟に、私まで笑顔になる。
「話は終わった?」
「ああ」
屋外で、そんなに瞬きせずにいたら目が痛くなるのでは、なんて思うほどじっと私を見ている瑛子さんと視線を合わせ、私は軽く会釈した。
何も言わずに済むなら、それでいい。
成悟自身が決別できたのなら、それでいいのだから。
だが、瑛子さんはそうはさせてくれなかった。
私の会釈に対し、彼女のカツカツとカウントダウンかのような靴音が近づいてくる。
成悟が私と彼女の間に割って立つが、私は彼女から視線を逸らさなかった。
逸らしたら、負け。なわけではないが、そんな気がして。
そして、瑛子さんが成悟の三歩手前で足を止めた。
ここまで近づけば、はっきりわかる。
瞳の奥で燃え盛る嫉妬の炎。
なのに、口角を上げて微笑むから恐ろしい。
更にその唇がゆっくりと開いた。
「こんにちは、――ま美空さ――」
その声は、なぜかとても楽しそうに聞こえた。
もっとちゃんと聞こえていれば、気づけたかもしれないが、この時の私は瑛子さんの声に、発進したバスのエンジン音と、通りがかった成悟の友人たちの声が重なって聞こえていた。
「成悟!」
「あ! もしかして、さっき言ってた彼女?」
友人たちが笑顔で私たちに近づいてくる。
「もっとちゃんと話がしたかったのだけれど」
すぐ背後からの声にドキッとして、つい肩に力が入る。
それは成悟も同じだったようで、彼は荷物を持っていない方の手で私の肩を抱いた。
瑛子さんはそんな私たちを見て、にこりと微笑む。
「また会いましょう」
会いたくない。
私に彼女と会う理由はないし、成悟も会いたくないとはっきり言った。
それなのに、彼女は『また』と言った。
「会えて嬉しかったわ、成悟」
更に私への挑発も忘れない。
「もう二度と――」
成悟が言いかけた時、いい感じに酔いが回って顔が赤い男性が、テンション高めに声を上げた。
「こんにちは! 俺――」
私と成悟の注意が男性に向く中、瑛子さんが颯爽と歩き出す。
私は成悟の友人たちと挨拶を交わしながら、彼女の後姿を見送った。
願わくば、二度と会いたくない。
そんなことばかり考えていたら、成悟の友人たちの誰一人の名前も覚えられなかった。
「――関係ない」
「成悟」
「もう、関係ない。俺は二度とあなたには関わりたくないし、俺にも関わってほしくない」
「私を愛してくれていたじゃない」
「過去だ。それも、あなたが独身だと思っていたからこそだし。今も、離婚していないだろう? 式の最中に親戚が話していたよ。事故に遭ったご主人を献身的に支え――」
背後で大型バスのエンジンがかかり、成悟と瑛子さんの声は一切聞こえなくなってしまった。
こうなったら、堂々と出て行こう。
私は今度こそ大きく深呼吸をした。
そして、背筋を伸ばして建物から一歩足を踏み出す。
誰が来るかともわからない駐車スペースの前で、私の恋人が且つて愛した女性が、今まさに私の恋人の首に手を伸ばしていた。
「成悟」
成悟が瑛子さんの腕に捉えられる寸前、二人が私を見た。
「美空!」
彼が目を丸くして私に駆け寄る。
「一緒に帰ろうと思って」
私の言葉に、ほっと頬が緩んだ成悟に、私まで笑顔になる。
「話は終わった?」
「ああ」
屋外で、そんなに瞬きせずにいたら目が痛くなるのでは、なんて思うほどじっと私を見ている瑛子さんと視線を合わせ、私は軽く会釈した。
何も言わずに済むなら、それでいい。
成悟自身が決別できたのなら、それでいいのだから。
だが、瑛子さんはそうはさせてくれなかった。
私の会釈に対し、彼女のカツカツとカウントダウンかのような靴音が近づいてくる。
成悟が私と彼女の間に割って立つが、私は彼女から視線を逸らさなかった。
逸らしたら、負け。なわけではないが、そんな気がして。
そして、瑛子さんが成悟の三歩手前で足を止めた。
ここまで近づけば、はっきりわかる。
瞳の奥で燃え盛る嫉妬の炎。
なのに、口角を上げて微笑むから恐ろしい。
更にその唇がゆっくりと開いた。
「こんにちは、――ま美空さ――」
その声は、なぜかとても楽しそうに聞こえた。
もっとちゃんと聞こえていれば、気づけたかもしれないが、この時の私は瑛子さんの声に、発進したバスのエンジン音と、通りがかった成悟の友人たちの声が重なって聞こえていた。
「成悟!」
「あ! もしかして、さっき言ってた彼女?」
友人たちが笑顔で私たちに近づいてくる。
「もっとちゃんと話がしたかったのだけれど」
すぐ背後からの声にドキッとして、つい肩に力が入る。
それは成悟も同じだったようで、彼は荷物を持っていない方の手で私の肩を抱いた。
瑛子さんはそんな私たちを見て、にこりと微笑む。
「また会いましょう」
会いたくない。
私に彼女と会う理由はないし、成悟も会いたくないとはっきり言った。
それなのに、彼女は『また』と言った。
「会えて嬉しかったわ、成悟」
更に私への挑発も忘れない。
「もう二度と――」
成悟が言いかけた時、いい感じに酔いが回って顔が赤い男性が、テンション高めに声を上げた。
「こんにちは! 俺――」
私と成悟の注意が男性に向く中、瑛子さんが颯爽と歩き出す。
私は成悟の友人たちと挨拶を交わしながら、彼女の後姿を見送った。
願わくば、二度と会いたくない。
そんなことばかり考えていたら、成悟の友人たちの誰一人の名前も覚えられなかった。
あなたにおすすめの小説
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました!
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
【完結】曖昧な距離で愛している
山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。