愛が全てじゃないけれど

深冬 芽以

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13.消したい過去

「嘘を吐いたことは謝るわ。でも、離婚に向けての話し合いをしている最中だったの。そんな時に夫が事故に遭ったって連絡を受けて、気が動転したのよ。会社のこともあるし。だから――」

「――関係ない」

「成悟」

「もう、関係ない。俺は二度とあなたには関わりたくないし、俺にも関わってほしくない」

「私を愛してくれていたじゃない」

「過去だ。それも、あなたが独身だと思っていたからこそだし。今も、離婚していないだろう? 式の最中に親戚が話していたよ。事故に遭ったご主人を献身的に支え――」

 背後で大型バスのエンジンがかかり、成悟と瑛子さんの声は一切聞こえなくなってしまった。

 こうなったら、堂々と出て行こう。

 私は今度こそ大きく深呼吸をした。

 そして、背筋を伸ばして建物から一歩足を踏み出す。

 誰が来るかともわからない駐車スペースの前で、私の恋人が且つて愛した女性が、今まさに私の恋人の首に手を伸ばしていた。

「成悟」

 成悟が瑛子さんの腕に捉えられる寸前、二人が私を見た。

「美空!」

 彼が目を丸くして私に駆け寄る。

「一緒に帰ろうと思って」

 私の言葉に、ほっと頬が緩んだ成悟に、私まで笑顔になる。

「話は終わった?」

「ああ」

 屋外で、そんなに瞬きせずにいたら目が痛くなるのでは、なんて思うほどじっと私を見ている瑛子さんと視線を合わせ、私は軽く会釈した。

 何も言わずに済むなら、それでいい。

 成悟自身が決別できたのなら、それでいいのだから。

 だが、瑛子さんはそうはさせてくれなかった。

 私の会釈に対し、彼女のカツカツとカウントダウンかのような靴音が近づいてくる。

 成悟が私と彼女の間に割って立つが、私は彼女から視線を逸らさなかった。

 逸らしたら、負け。なわけではないが、そんな気がして。

 そして、瑛子さんが成悟の三歩手前で足を止めた。

 ここまで近づけば、はっきりわかる。

 瞳の奥で燃え盛る嫉妬の炎。

 なのに、口角を上げて微笑むから恐ろしい。

 更にその唇がゆっくりと開いた。 

「こんにちは、――ま美空さ――」

 その声は、なぜかとても楽しそうに聞こえた。

 もっとちゃんと聞こえていれば、気づけたかもしれないが、この時の私は瑛子さんの声に、発進したバスのエンジン音と、通りがかった成悟の友人たちの声が重なって聞こえていた。

「成悟!」

「あ! もしかして、さっき言ってた彼女?」

 友人たちが笑顔で私たちに近づいてくる。

「もっとちゃんと話がしたかったのだけれど」

 すぐ背後からの声にドキッとして、つい肩に力が入る。

 それは成悟も同じだったようで、彼は荷物を持っていない方の手で私の肩を抱いた。

 瑛子さんはそんな私たちを見て、にこりと微笑む。

「また会いましょう」

 会いたくない。

 私に彼女と会う理由はないし、成悟も会いたくないとはっきり言った。

 それなのに、彼女は『また』と言った。

「会えて嬉しかったわ、成悟」

 更に私への挑発も忘れない。

「もう二度と――」

 成悟が言いかけた時、いい感じに酔いが回って顔が赤い男性が、テンション高めに声を上げた。

「こんにちは! 俺――」

 私と成悟の注意が男性に向く中、瑛子さんが颯爽と歩き出す。

 私は成悟の友人たちと挨拶を交わしながら、彼女の後姿を見送った。

 願わくば、二度と会いたくない。

 そんなことばかり考えていたら、成悟の友人たちの誰一人の名前も覚えられなかった。
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