その捕虜は牢屋から離れたくない

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2章 帝国の呪い

2-97 永遠の別れ

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「クロウっ?」

「父さんっ?」

 二人は立ち上がって、クロウを迎える。

「クロウ、どうやってここに」

「ふふふ、今夜はセリムに愛されてきたからな」

 いつも愛してますが?
 堂々と妻子の前で宣言するクロウ、どこまでも格好良いぜっ。

 いつもの第四王子部隊の純白法衣ではなく、リンク王国時代に着ていた下級魔導士法衣を着ている。
 フードつきの簡素な法衣でもクロウの可愛さは隠し切れない。クロウが着ていれば何でも可愛くなってしまうのだから不思議だ。
 クロウが着たことはないが、囚人服だって着てしまえば可愛いに違いない。

 俺が主張したいのはそういうことではなく、下級魔導士法衣が妻子の前で良く着ていた服なのだろう。

「あ、俺の魔力か」

 クロウがここに来れた理由に思い当たったのは、今日はクロウに俺の魔力をおねだりされたこと。
 可愛いので頑張った。
 クロウの魔力量が高いので助かったが、アレ、クロウ以外にやったら相手を超危険な状態にさせてしまうのではないか。
 素人が他人の体内で魔力操作なんてしたら、たいてい魔力が不安定になり、暴れる。どうにもならない。
 暴れた状態でも淫らで乱れているように見えるだけで済むのは、クロウだけであろう。

 クロウが俺のなかで魔力による快楽を与えていくが、あんなことができるのは魔導士でもごく僅かなはずだ。
 魔導士見習ギノのように材料や薬の魔力を操作をして訓練を重ねてから、人体に進んでいくことが堅実だ。何事も順序がある。

 ただ、ナーズ隊長やルッツ副隊長等があの行為にハマってしまうのは、帝国の軍人や看守も魔力量が多い。
 魔導士として活躍はしてなくとも、ほどほどの魔力量は保持している。
 魔力操作なんて気にしなくとも、激しい動作で他者の体内に出したときは魔力も一緒に放出されていることが多いらしい。興奮状態にいる者同士、魔力も激しく交じり合い、快楽で溶ける。

 俺は挿れてないので欲望のまま魔力とともにクロウへと吐き出すことはできない。
 触れた部分から、と言っても皮膚からでは魔力量の加減が難しい。気持ちいい流れから程遠いものだったに違いない。
 普通にクロウへと自分の魔力を渡そうとしても少なすぎると霧散してしまう。多過ぎると激痛が体内を駆け巡るらしい。クロウは自分の魔力で押さえこんでいたけど。

 魔力とは自分の外に出すと、消え去るものだ。

 魔導士が優れているのは、体内にある魔力を形あるように外へと操作できるからである。
 それがこの世界で一般的に言われる魔法である。
 魔力量がほどほどにあっても自分への身体強化魔法しか使えない場合は、魔導士とは呼ばないのがどこの国でも一般的なのは、魔法を外に出してこそ一人前の魔導士とされているからである。

 騎士であり、長年自分への身体強化魔法しか使っていない俺では、クロウに魔力を受け渡すのは難しい操作である。
 仮説として、挿れているときに魔力もまた一緒に放出しやすいということならば、同じ粘膜ならばどうだろうか、ということで、かなり激しい口づけをしまくった。
 うん、幸せ。
 一生してたい。
 涙目になりながらも求めてきたクロウが超可愛かった。

 お互いが興奮しており、粘膜やら体液が交じり合う状態なら、素人の俺でも魔力の受け渡しは無事にできたようだ。
 慣れない他者への魔力操作は相当疲労するようで、興奮して朝まで抱き尽くすと心に誓っていたのにどこかで意識が途切れてしまったらしい。

 だから、俺たちはここにいるんだろうな。

「そうそう、受け取ったセリムの魔力で偽装してここに入り込んだ」

「そんなことできるのは父さんくらいだよ」

「えー、アジュールとクリムゾンもここに来れたんだろ」

「アジュアジュとゾンちゃんは精神世界の隣人みたいなものだから、来ようと思えばこういう世界には来れちゃうわよー」

「、、、アジュアジュ」

 クロウ、言いたいことはわかるが、貴重な時間をそこに使うな。
 確かにアジュールは奥さんに何と呼ばれるのかな?とか、俺も思っちゃったけど。

 その証拠に、二人の姿は徐々に薄くなっている気がする。
 残された時間は、すでにもう。

「二人とも、最後に会えて良かった」

 クロウは笑顔だが、その瞳は愛おしいものを見ているようで寂しそうだ。

「うん、私も会えて良かったわ。死んでからずっと見守ってきてはいたけど」

「父さん、俺は、、、」

 息子さんがクロウに何かを言いかけた。
 ただ、言葉を詰まらせる。

「俺は幸せだよ。二人がいたときも、セリムがいる今も。だから、最期のときみたいに謝るな」

「、、、うん、そう、父さん、ありがとう」

 目に涙をためた息子さんの肩にクロウが触れる。

「こちらこそ、俺たちの元に生まれてきてくれてありがとう。楽しかったよ」

「うん、うん、」

 息子さんは目を真っ赤にしながら、涙を流すのを必死にこらえている。

「クロウっ、私こそありがとうーっ」

 ガバッとクロウに抱き着いたのは奥さんだ。
 うん、我慢だ。仕方ない。この辺は男の度量を見せなければ。
 妬くのは今ではない。
 この二人はお似合いだけれどもっ、ギリギリギリ、くっそー。

「セリっちを見ていると、私も死が二人を分かつまでじゃなくて分かつともーって誓えば良かったわ」

「うん、そうだね。そうすれば、俺が置いていかれることもなかったね」

 ぐぅぬっ。
 それでは俺はクロウと出会わなかった。

「でも、誓わなくて良かったわっ」

 元気に、それでいて嘘をついているようには聞こえない明るい声。
 強がりでもなく、その強さがクロウが惚れた彼女なのだろう。

「あなた、これからも幸せでいてね」

「当然だ」

 二人が笑い合う。

 ああ、いいな。

 だからといって、俺が奥さんみたいになるのは違う。
 クロウもそんなことを俺に求めていない。

 多くを語らず、自分自身を偽らず、それでもお互いがお互いのことをわかっている、こういう二人の関係性を構築できるならば。

「大丈夫よっ、セリっち。クロウのためを思える貴方はいい子だからっ。クロウが私たちに会えるように、前回クロウの魔力をここに残していったでしょう。ありがとうっ」

「ありがとうございます、セリムさん」

 二人はにこやかに俺にお礼を言う。

 やはり二人にバレてた。
 前回、こっそりクロウの魔力を置き土産にしたことを。
 あまりにも最後なのかもしれない、と思えたから。

 クロウの魔力は前回のときにはクロウから注がれていたから、夢だからできるかなー、と安易に試してみてみたが、アジュールとクリムゾンが来ていたということは俺の方は失敗していたのかと思っていた。

「アジュアジュとゾンちゃんはそれでも足りなかったほんの少しの魔力を補充してくれたのよ。セリっちが動いてくれてなかったら、そもそもこの別れはなかったわ」

「そう、ですか」

「セリっちかあ。ずるいなあ。俺も俺だけの特別な呼び名で呼びたいなあ」

 クロウが羨ましそうに言う。
 奥さんは誰にでも愛称をつけていますよ。ポシュはポシュリンなんて呼ばれてますよ。
 はっ、クロウはクロウとしか呼ばれてないなっ。クロウこそ特別な呼び名がありそうなのにっ。まさか二人きりだけのときにっ?

「、、、クロウもセリっちって呼ぶ?」

「嫌だ。俺だけの特別ーっ」

 けど、セリムって特に短くするほど長くもない名前だ。
 愛称という愛称もない。家族や友人からも普通にセリムと呼ばれていた。

「セリ?セリセリ?セリリン?リム?んー、どれもピンとこないー」

 どれも呼ばれたことない。
 特別と言えば特別なのだろうが。
 同じセリムと呼ばれても、クロウから呼ばれれば俺にとっては特別なのである。

「二人の時間はこれから大量にあるんだから、ゆっくり考えてー」

「あ、クロウがここに来たんだから、クロウの魔力を渡せば、、、」

 俺の提案は二人にゆっくりと横に首を振られた。

「アジュアジュが教えてくれたのよ。だから、私たちはこれで見守り隊を卒業ですっ」

 アジュールが何を?

 いや、なんとなく嫌な感じがする。
 もし彼女たちがここに残った場合どうなるかを、アジュールがわざわざ教えたのならば。

 クロウの表情も息子さんとそっくりになっている。
 涙を必死でこらえている。
 泣いても良いじゃないかと思えるのだが、奥さんだけは非常に良い笑顔だ。この機微は奥さんにしかわからない。

「じゃあ、父さん、セリムさん、お元気で」

「じゃあねっ、クロウ、セリっち、お幸せにーーーっ」

 見送られる側が、主にその一名が超元気に手を振った。
 柔らかく光に溶けた。
 あまりにもあっさりとした退場。
 さすがはクロウの奥さん、という感想を抱く。

 この場はまだしばらく保たれているようだ。
 白いテーブルクロスはまだ風に揺れている。
 青い空がどこまでも青い。
 
「クロウ、泣くなら胸を貸すよ」

 両手を広げて、来るように促したが。
 クロウが笑う。まだ、その目は我慢していそうだ。

「それでは笑って出発したあの人に申し訳が立たない。俺も意地を見せてやらないと」

「そうかー、残念。クロウの泣き顔が見れると思ったのに」

「、、、俺、いつもセリムに毎晩泣かされている気がするんだが?」

「そういうのじゃなくてね、うん。あまりにも気持ち良くなりすぎて涙を浮かべてねだるクロウもそりゃ可愛いけど、そうじゃなくてね」

 クロウが俺の手を握った。

「婚約のときに、俺を抱けよ、セリム」

 いつも抱いているのに、クロウがそれを言うことの意味を理解できる。

「結婚式の初夜に」

「俺をそんなに待たせる気か」

「うぅっ、意志が弱いとか思わない?」

 今でさえこうなのに。

「愛しているよ、セリム」

 ああ、ずるい。ずる過ぎる。
 男前過ぎる。

「クロウ、俺も愛している」

 俺は両手でクロウの手を握っていた。
 俺の方が泣きそうになっていた。
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