その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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2章 帝国の呪い

2-2 新婚旅行の計画

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「セリムー、飲みに行かないかー」

 夕食後、俺はセリムの部屋へと誘いに行く。

「クロウ、扉を閉めてから誘い文句は言おうな」

 優しい口調でセリムが言い、肩の銀ワンコがワンとなく。
 おおっと、ついつい気が緩んでいたよ。
 よいしょっと、パタンっ、ガチャリっ。

 ここは敵国の牢獄。
 平和な環境に忘れそうになる。

「皇帝からのお誘いだから、看守に聞かれてもどうにかなると思うけど」

 厨房でナナキ氏から受け取ったメモはついつい燃やしてしまったが。
 なぜかあのメモを受け取るとムカつくんだよなー。もう少しマトモな文章表現はできないのかなー、あの人。

「クロウが夜な夜な牢を抜け出していたことを知ったときには、落ち込んだものだが」

 そう、この事実を打ち明けたとき、セリムは落ち込んだ。
 夜、すやすやと眠っていると思っていた人物が飲みに出歩いていたと知れば怒る気がしていたのだが、セリムは俺の行動で知らないことがあったと落ち込んだのである。

 居酒屋でサザさんとリーウセンはセリムに思いっきり睨まれていたが。

「けど、今は秘密の共有をしてくれて嬉しい」

 こんな甘い笑顔で囁かれたら、落ちない方がおかしいよね。

 セリムの部屋は皇弟でもあるナナキ氏が用意したものだ。
 二人でヤるときはこの部屋で、と。
 二人で生活してもいいと言われている。

 しっかり俺の牢に約束の新しいシングルベッドを設置した上でそう言うのである。
 この部屋にあるのはダブルベッドだが。
 寝心地はどちらもいい。

「とりあえず、飲みに行こうか」

 俺は魔法陣が描かれている布をベッドに広げる。

「早速だから新婚旅行もどこに行くか決めようか、クロウ」

「セリムはどこか行きたいところがあるのか」

 行きたいという国は他国のことをほとんど知らなかった俺よりも詳しいだろう。

 結婚どころか婚約もまだだが、同性同士なので皇帝が許可しなければこの国では婚約すら無理。
 オルド帝国のこの同性同士の婚約も結婚も許可制で、特別な事情がなければ許可を求めて申請することもできない。
 皇帝は一応俺たちの婚約の申請書類は受け取ったが、半年以上は審議するとのこと。
 長いな。
 そして、さらに結婚の許可申請も必要な二段構えの難しい取り扱い。
 なぜこの国が同性同士の結婚を認める可能性を残しているのかと言うと、上流階級はいろいろなご事情があるのだということだ。家同士のつながりが一番の理由となるらしい。けど、一代限りとか、子供は要らないとか、よくわからん理由があるのだそうな。

 新婚旅行の行き先を決めるのもまだ時期尚早ではないかと思うが、計画はお早めに立案していても悪いことではない。
 帝国で許可が下りなければ、別に帝国じゃなくても構わないのだから。

「まずは、この大陸一周は?」

「スケールが大きいっ。けど、行ってみたいっ」

 さすがはセリム。提案がわかってらっしゃる。
 セリムは微笑むと俺の横に立ち、額に口づけを落とす。
 どうやら結婚するまでは、俺にそこまで手を出さないらしい。
 俺は結婚するまでは手を出しちゃダメダメ、と言うような古風な人間だとセリムに思われているようだ。
 妻子もいたし、お爺ちゃんもお爺ちゃんな年齢なので、そこまで気にすることもないと思うが、こんな環境でもセリムの礼儀正しさなのであろう。
 気遣いが惚れるよ。

 口づけまでなのは、それ以上してしまうと際限なく朝までコースになってしまいそうなので自重しているとも言っていた。
 結婚後の初夜がどうなってしまうのか、簡単に想像できてしまうのがこの牢獄であるが。
 というわけで、俺がセリムの部屋に泊まっても、今はごくごく普通の添い寝である。ご期待に沿えなくて悪いが。

 ここまで想ってもらって気持ちを受けとめないなんてできるわけもない。

 平民である妻でさえ黒髪の俺と結婚するのに、周囲からの反発があった。
 リンク王国の貴族で身分偏重主義の教育を受けていたのだから、俺が想像しえない自分自身の葛藤もセリムにはあったに違いない。
 もしリンク王国内にいたままなら、一緒になることなど考えることもなかっただろう。
 本来、第四王子部隊に所属することなくあのままリンク王国で暮らしていたら、セリムには婚約者と結婚する未来があっただろうに。
 それがもはや夢物語なのは、俺でもわかるが。

 セリムの両親に結婚のご挨拶に行けないのも、思ってはいけないが良かったと感じる。絶対に反対されて、セリムは意志を変えるまで監禁されていたことだろう。

「行く国の順番とか考えないとね」

 セリムが手を出した。
 俺が手を重ねて、魔法陣の布を敷いたベッドに横になる。

 誰かとともに生きることが、こんなにも楽しいことだったとは。
 すっかり忘れていた。
 失ったものが大き過ぎて強くフタをしていたことにようやく気づいた。








「けっ、イチャつきやがって」

 サザさんが居酒屋で悪態をつく。
 ヒセ少年が悲しい大人だなー、という視線をサザさんに浴びせながら酒がナミナミと注がれたジョッキを置いていく。

「くそっ、リーウセンも俺の誘いを断りやがって。揃いも揃ってリンク王国出のヤツらは俺を敬らないっ」

「そりゃ、仕方ないことでしょ。教育がそもそも違っているし、他国の最高権力者を敬えという教育はどこの国でも受けてないでしょうね」

 リーウセンは本当に強くなった。
 最優先させるのは恋人たちである。皇帝に連れまわされていた彼はどこに行ったのかわからないくらいだ。教会長とラウトリスの優先順位はどちらが上なのか怖いところではあるが、過剰な好奇心は身を滅ぼしかねないので聞かない。
 あの三人は不思議な相性の良さが存在する。
 もちろん、シエルドとラウトリスの関係も続いているが。

 セリムは俺の隣に座っている。
 丸いテーブルで三人、等間隔に座っているわけではなく、俺とセリムが密着して座っており、その向かいにサザさんという配置である。
 ちなみに俺たち二人の服装は白い制服ではなく居酒屋に溶け込むような庶民的なものである。セリムはそーんな庶民的な服装も何でも着こなしてしまう。

「けど、今は俺が雇い主じゃんっ。少しは敬おうよー」

 サザさんが嘆く。

 おそらく、リーウセンは皇帝陛下ではなく帝国に雇われているという考えであろう。
 リンク王国は国に雇われているのなら国王に雇われているわけではない。
 リンク王国との違いは如実で、帝国の軍人は皇帝陛下に雇われていると言ってもいい。

「クロウに仕事依頼しているのも、今は俺じゃーん」

「はいはい、自分がやったこと、ちゃんと省みようね」

「くっ、だからこそ、ここまで便宜を図って譲歩してやっているだろ」

 そこまで悔しそうな顔をするか。
 皇帝に交渉のカードを切る帝国民はあまりいないからなあ。
 他国とは交渉しているらしいけど、帝国は皇帝を侮辱されたら戦いに出る国だし。

「なら、俺たち国外に新婚旅行に行っていい?」

 責められるときに言質はとっておこう。

「帝国に必ず帰ってくることを約束するなら、行ってこい。ただーし、危険な国なら別の機会にしろ」

「危険とは」

「戦争、暴動、災害等、治安が悪化しているところも気をつけろっ。新婚ホヤホヤで未亡人にはなりたくないだろ」

 その危険、オルド帝国も入ってませんか?
 小競り合いは戦争でも暴動でもないって?

「セリムには怪我もしてほしくないなあ」

「そうだろ、そうだろ。安全情報は回してやるから参考にしろ」

「クロウさんには危険な場所なんてないのでは?」

 スッと現れたのは黒い軍服のポシュ氏であった。
 帝国の英雄は顔も売れている。
 店の外にも人だかりができている。

「おまっ、軍服で来るなよ。他の客が引いてるじゃないか」

「とうとうサザさんがしょっぴかれると思っちゃいますよねー」

「軍服でも私服でも結果が同じなのですから、今の俺は私用でも軍服を着てますよ」

「顔が売れるって本来なら喜ばしいことなんだがなー」

 顔が売れているはずの皇帝が、何を言っているんでしょうね。
 ポシュは私服でいようが、サザさんのように民衆がごまかされてくれないらしい。いや、気を遣ってくれないらしい。

「クロウさん、彼との結婚は考え直していただけませんか」

 彼はイスに座りもせず、俺の横に立つ。

「何で?」

「俺と結婚してください」

「セリムと結婚するので、お断りさせていただきます」

 即決。

「なら、弟子にしてくださいっ」

 交渉術かよ。
 大きな要求をした後、受け入れやすそうな小さな要求をして本命の要求を通す手法。
 だが。

「魔法を使う魔力もないのに?」
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