解放の砦

さいはて旅行社

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1章 説明が欲しい

1-13 弟 ◆母リーメル視点◆

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◆母リーメル視点◆

 リアムが冒険者登録してからもう二年。F級冒険者として砦の雑務もこなしながら、砦の周辺に現れる小さい魔物を討伐している。
 私の仕事もいつのまにか私がサインするだけの書類になって机に置かれている。
 どこでこれらのことを覚えたのだろうか。
 本当に不思議になる。
 A級、B級冒険者もリアムのことを認めている気がする。あの子は話し始めたと思ったらすぐに打ち解けていた。
 うん、あの子は誰でも打ち解けようと思えば打ち解けるはずなのに、うちの家族だけが別なのはなぜだろう。
 話す価値もないと思っているのかもしれない。。。
 あの子が本気を出したら落とせない人間はいないのでは、と思えるほどなのだから。

 砦の守護獣シロ様、クロ様がリアムにいろいろなことを教えているのかと思いきや、そうではないらしい。
 彼らもリアムが賢いから興味を引いたようだ。


 メルクイーン男爵家の三男リアム。
 自分で産んでいながら、不思議な存在だ。
 リアムが五歳になったとき、私は四男のアミールを産んだ。

 産前産後も関係なくいつもの状態になっていることを当たり前と思う夫だ。私が出産した直後であろうとも、自分たちの食事の準備は当たり前になされると思っている。
 だが、四男の出産時には食事、清掃、洗濯等をすべて隣家のルンルさんに頼んでいた。
 一か月ほどは面倒を見てもらえた。私はアミールの世話に専念できた。アミールはリアムと違い、夜泣きもひどく、手が離せない。
 さすがに四男にもなって、出産育児の辛さが夫にもわかったのかと思ったら、リアムがルンルさんに手伝いを頼んでいたと知った。

「リアムが?では、お金は」

 朝食を準備して帰ろうとしたルンルさんに聞いた。
 夫ビルが払っていると思い込んでいた報酬だ。リアムが報酬のことなど気にせずに頼んでいたのなら、私が支払わなければならない。

「リーメル、本当にいい子を産んだね。あの子は私が腰痛で動けなかったときに家事の一切をしてくれたんだ。爺さんは何もしてくれなかったからねー。アンタのところと同じだが、うちはまだ爺さん一人だから良いんだが。まあ、あのときは助かったよ。だから、今回は応分を返しただけだ。金のことは気にしなくていい」

 近所の洗い場から洗濯して戻ってきたリアムが私たちを見つける。

「ルンル婆さん、帰るのー?ありがとー」

「といって、うちの洗濯物まで洗ってくれたのかい」

 リアムは濡れた洗濯物の一部をルンルさんに渡す。干す?とリアムがニコニコ笑顔で聞いているが、これ以上、高い買い物してたまるかと返されている。

「だってさー、母上は冒険者とはいっても女性だからさー、息子とはいえ男の俺には隠しておきたいこともあるかもしれないから、やはり頼むべきは頼りになる女性に頼まなければ頼りないからさー」

 うちの息子が何を言っているのか理解しかねるが、ルンルさんは頼りになると言いたいのだろう。

「そうさなー。リーメルも一応女だからな。頼れる息子がいても頼りたくないこともあるだろ。気の使える男はモテるからそのまま育ってお行き」

「やー、俺はモテませんよー。主人公ならこういうときに何でもやってくれる幼馴染みが出現するはずなんですけどねー。モテはオマケに入ってなかったようで」

「何を言っているのかわからんが、モテるのは気づかなきゃ、気づかない方が幸せなのかもな。まあ、一度、私も帰るよ。洗濯ありがとな」

 ルンルさんはリアムから洗濯物を受け取り、自分の家に入っていった。

 メルクイーン男爵家は領主だが、砦で領地の仕事をするには少々不便だということで、村長クラスの大きさの家で暮らしている。多少大きい程度の家だ。だが、使用人を数人雇っても部屋数は問題ないはずだが、使用人はいない。
 貴族の屋敷からは遠くかけ離れていることは事実だ。

 うちの長男次男は人気がないが、三男は人気がある。婿に来てもらいたいという声がけっこうある。
 メルクイーン男爵家は領主で貴族なのに人気がない。それは確実に私の状況を皆が知っているということである。こんな家に自分の可愛い娘を嫁がせたくないと思うのは親として正常だ。
 その点、三男のリアムは男爵家を継がないのは確実。そして、冒険者としても優良株であり、五歳でも家事を手伝っている。リアムは押さえておくには悪くない条件が揃っているのだ。

「母上、今日はアミールも機嫌良さそう?」

「ええ、いつもより笑顔多めね」

「そっかぁ。じゃあ、俺これ、干してくる」

 リアムが洗濯物を干している間に、砦から持って来てもらった書類に目を通す。既にサインだけすればいい状態になっているが、一応は目を通す。
 枚数が枚数なだけに時間がかかってしまった。
 アミールが寝ている部屋に行く。
 話し声が聞こえた。

「母上と同じ金髪とオレンジ色の目で良かったなー。お前にはルの文字がきちんと入っているぞ。クズ親父にも認められたんだな」

 私はその部屋に入れなくなった。
 リアムは知っていたのだ。
 長男ジャイール、次男ルアン、そして、四男のアミール。
 自分だけルの文字が入っていない。それは夫ビルのルである。
 夫は名前さえ付けなかった。
 だから、私は私のリの文字を贈った。

 長男次男と無事に生まれて、夫ビルは娘が欲しかったのだ。
 自分に似ている三男には、まったく興味が持てなかった。
 四男のアミールは娘ではなかったが、私に似ていた。

「なあ、アミール。俺には母上しかいないんだ。ほんの少しで良いから、お前がもう少し成長したら、俺に母上をほんの少しだけ返してくれ」
 
 弟に手を握られながら、リアムは微笑みながらアミールに言っていた。

 昼間、リアムは冒険者として砦に行っていた。私はこの家でアミールの世話をしていた。
 夫と兄二人がいるとき、リアムは何も話さない。
 私たちの時間は完全に失われていた。

 私も気づいてあげられなかった。
 寂しい想いを。悲痛な想いを。
 まだ、あの子は五歳なのに。
 私があの子に甘えていた。




「母、復活しまーすっ」

「母上っ?」

 笑顔で冒険者復活を宣言した。
 翌朝、冒険者姿で、リアムの前に立つ。
 リアムは喜ぶかと思ったら、超驚きの表情だ。

「は、母上、まだ産後一か月ちょっとしか経ってませんし、あと一か月くらいはゆっくりしましょうよ。いえ、アミールの世話があるので、この家にいてもゆっくりとはいかないかもしれませんが」

 アタフタとするリアムは珍しい。 

「母上が無理して魔の大平原で怪我でもしたら、それこそ俺は一生後悔してもしきれません」

「リアムー、私もそこまで愚かじゃないわよー。少しずつ肩慣らししてから本格的に復活するわよ。アミールの世話も手伝ってくれるんでしょ」

「もちろんですっ、母上っ」

 当たり前のようにリアムは返事をする。
 兄二人はまったく手伝わない。家庭教師に勉強を教わっていても、夫の仕事を手伝っていても、彼らは家にいるのにアミールがどんなに泣いても見に来ようともしない。
 夫と同じだ。

 どうしてリアムはここまで違うのだろう。
 母上ー、母上ーと呼ぶ姿は可愛らしい。
 そして、私を労わり手伝ってくれる。
 アミールを抱っこ紐で結び、片手で支え、違う方の手をリアムにピラピラ振る。
 それに気づいたリアムが感動の目で私を見る。

「母上っ、疲れたら場所を変わるので言ってくださいね」

 嬉しそうにリアムが私の手を握った。
 この笑顔が向けられない夫は残念だ。リアムの魅力を何一つ知らず、賢さも知らず、その強さも知らない。

 私の夫は可哀想な人だ。
 もしこのままの領地運営を続けるならば、男爵家は危機的な状況を迎えるだろう。
 せめてリアムには男爵家がダメになっても、安全な婿入り先を探しておかなければ。
 砦の守護獣クロ様ならば一番身の安全が保障され、安泰なのだろうが。クロ様が嫁にもらいたいと言ったときのリアムの目は、コイツ何を言ってんだか、だった。。。リアムはクロ様の胃袋もつかんでいるし、悪くはないと思うんだけど。
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