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2章 そして、地獄がはじまった
2-27 砦を守れ? ◆ナーヴァル視点◆
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◆ナーヴァル視点◆
リーメルさんが亡くなった。
もっと泣き喚くと思った。
狼狽えるかと思った。
反対に覚悟ができていたのかとさえ思った。
冒険者だから、いつかは、と。
違っていた。
いつも坊ちゃんは母親の後を追うひな鳥のように、母上ー、母上ーと喜んで笑っていた。
坊ちゃんにとっては母親だけがすべてだった。
母親がいれば幸せで、母親だけがこの世のすべてだったのだ。
砦の改革も、昼の弁当も、家事も、何もかもすべて母親のために捧げるものだった。
たぶん弟の世話も甲斐甲斐しくしているが、弟のためなんかではない。アレもすべて母親への愛情だ。
坊ちゃんの目は輝きを失った。
医務室で母親の横に座る坊ちゃんを見て、ヤバイと感じた。
これは亡き者を追いかける目だ。
人生すべてを諦めた目だった。
見張っていないと、魔の大平原で死にゆく。
しばらくは何かと理由をつけて独りで魔の大平原に行くのをとめた方が良いぐらいだ。
リージェンが聞いたリーメルさんの言葉に、どうやっても違和感が拭えない。
坊ちゃんは母親を限りなく愛していた。
リーメルさんも坊ちゃんに限りなく愛情を注いでいたのだ。
砦を守れ。
そんなことをリーメルさんが坊ちゃんに対して言うだろうか。
逆ならわかる。
砦を守らず、自由に生きてくれ、と言った言葉だったら本当に理解できる。
リージェンが語尾を聞き取れなかった可能性の方が高いとさえ思う。
リージェンは読唇術など身につけていない。
あの性格だ。そうと思い込んだら、そうとしか聞こえなかったとさえ思える。
ザックリと深く食い込んだ傷は、上級治療薬をかけたとしても無理だっただろう。即死でなく、言葉を残せたのさえ奇跡だ。だが、砦を守れと言う言葉なら、残さない方が坊ちゃんのためだったのではないだろうか。
砦を守らないで。
この方がしっくりくる。
砦を守れとリーメルさんに言われたら、坊ちゃんは守り続けるのではないか?
リーメルさんのために坊ちゃんは砦に縛られる。
しかも、それが最期の言葉なら。
自分を犠牲にしてまで。
自分を殺してまで。
だからこそ、解放できるのはリーメルさんだけだった。
リーメルさんは坊ちゃんの解放を願う。
坊ちゃんの自由が束縛されることを望んでいない。
砦からも、あの家からも。
リーメルさんはそういう人だった。
リーメルさんが本当は何と言ったか、リーメルさん以外誰にもわからない。
リージェンが嘘を言っているわけではないだろうが、アイツは聞き取れなかった、もしくは早とちりの可能性の方が本当に高い。
つきあい長い経験則から、そう感じてしまうのは仕方がない。
だから、もしリーメルさんが違う言葉を言っていたのなら、過去の真実を知る魔法があるのなら、いつか坊ちゃんを砦の呪縛から解放しなければならない。
真実が、砦を守れ、ではなければ、リージェンと一緒に坊ちゃんに土下座しよう。
自分の将来は自分の選択で自由に決めれば良いのだから。
それでも、坊ちゃんが自発的に砦を選択してくれれば幸いなのだが。
坊ちゃんが今の砦には必要だ。
まだまだ坊ちゃんの力が必要だ。
八歳児なのに、あの事務処理能力の高さは何なんだろうとさえ思うが、砦には本当に必要だ。
いらないというヤツがいたら、そいつを砦から叩き出してやりたいと思うくらいだ。
坊ちゃんはすでにリーメルさんを失い、生ける屍となっている。
それなのに、冒険者への指示は冷静かつ的確だった。俺とリージェンが魔の大平原に出たから魔物の大群を討伐できたのではなく、司令塔が良いからだ。
坊ちゃんのあの笑顔が、母親だけのものだけでないことを切に願う。
大切と思える人が彼の前に現れてくれることを。
俺たちでは到底及ばない。
可愛がっていた弟すら彼の目にはどうでもいいものとして映っているのだから。
それとも、いつかはこの関係性が変化していくのだろうか。
魔の大平原で亡くなった冒険者は火葬されて、砦近くの共同墓地に埋葬される。各個人の墓標はない。巨大な石柱が一つあるだけだ。
遺体がなければ、遺品を埋める。砦の冒険者なら、収納鞄があったとしても、一つか二つでもどうでもいい代物でも砦の宿泊している部屋に置いているものだ。それを埋める。
それで終わりだ。
だからこそ、坊ちゃんは怒りの目をしていたに違いない。
メルクイーン男爵家の墓があるのに、と。
街の外れに、街の住民の墓地は存在する。冒険者でも遺族が墓が欲しいと思えばそちらの方に埋葬する。
リーメルさんも坊ちゃんを可愛がっていた。
俺はリーメルさんが冒険者として埋葬されたいという希望を持つのも頷ける。遠くにある街の墓地より、砦近くから坊ちゃんを見守りたいという気持ちの方が強いのではないかと思う。
坊ちゃんからは、リーメルさんの希望ではなく、クズ親父が自分の家の墓に入れないための方便にしか聞こえていないようだった。
そして、彼らは最後に会いに来ようとさえしない。
まるで坊ちゃんの思い込みのような考えが当たりだと言うかのように。
坊ちゃんの態度からはあの男爵家が相当嫌いだということしか伝わってこない。
極度のマザコン、母上至上主義。
坊ちゃんを揶揄する者が口に出す言葉はこれぐらいの貧相なものだ。
身分は男爵家の三男。
坊ちゃんはクロ様の魔剣を持っているため、すでに剣の腕はC級冒険者より上だ。
博識で、この砦にいる誰よりも書類仕事ができてしまう。
魔法においては広範囲攻撃魔法は得意としないが、意外と変な魔法を使う。本来、誓約魔法はB級以上の魔導士や教会の神官ぐらいしか扱えないものなのだが、平然と使っている。
砦の冒険者の指揮官的存在。拡声魔法が砦で唯一使えるから見晴らし台にいさせる、というのはただの方便だ。指示が的確でない限り、冒険者は自分の判断で動いた方が良い。その指示の凄さをわからない者だけが坊ちゃんの文句を言う。あの乱戦のなかで、適切なランクの冒険者や人数を勝てる魔物に割り当て相手させる指示を出し続けることができる者はこの砦に他にはいない。
八歳児と聞かなければ、八歳児とは思えないほどの実力だ。
八歳の子供が母親を求めるのは当然だ。
だが、坊ちゃんはマザコンと散々言われているが、母親を困らせたことがない。魔の大平原に行くなと駄々を捏ねたり、反対に魔の大平原についていくとワガママ言ったりすることもない。
大人しく砦で待っていた。弟ができれば、弟を世話する。
母親が砦に戻ってくると、母上ー、母上ーとくっついていく。
他人に何と言われようと、母親を笑顔にするのが一番幸せだと言っている顔だった。
だから、皆が砦近くの墓標でリーメルさんに別れを済ませた後、最後に坊ちゃんを残した。
弟のアミールは渋っていたが、俺が手を引いて砦の出入口の方に歩いた。
だけど、足が止まってしまった。
坊ちゃんが泣きだした。泣いた方が良いと思ったから一人にしたはずだった。
「母上、母上ーっ、母上がいないなら、こんなところいたくないーっ。地獄に置いていくくらいなら、一緒に俺も連れていってよー、母上、、、」
最後はか細い声で母を呼んだ。
嗚咽が響く。
小さなカラダをより小さくして地面に丸まっていた。
アミールも聞いていた。片手はギュッと洋服の裾を握りしめて、泣きそうなのにものすごく堪えていた。
坊ちゃんはここを地獄と評価していた。
元々、坊ちゃんにとっては家も砦も地獄だったのだろう。
母親だけが救いの存在だった。
母親だけが愛する存在だった。
母親のためだけに生きていた。
それを永遠に失ってしまったのだ。
家の方は俺たちにはどうすることもできないが、俺たちは砦を良い方向へと導かなければならない。
坊ちゃんがせめて砦にいても良いかと思えるような場所になるように。
リーメルさんが亡くなった。
もっと泣き喚くと思った。
狼狽えるかと思った。
反対に覚悟ができていたのかとさえ思った。
冒険者だから、いつかは、と。
違っていた。
いつも坊ちゃんは母親の後を追うひな鳥のように、母上ー、母上ーと喜んで笑っていた。
坊ちゃんにとっては母親だけがすべてだった。
母親がいれば幸せで、母親だけがこの世のすべてだったのだ。
砦の改革も、昼の弁当も、家事も、何もかもすべて母親のために捧げるものだった。
たぶん弟の世話も甲斐甲斐しくしているが、弟のためなんかではない。アレもすべて母親への愛情だ。
坊ちゃんの目は輝きを失った。
医務室で母親の横に座る坊ちゃんを見て、ヤバイと感じた。
これは亡き者を追いかける目だ。
人生すべてを諦めた目だった。
見張っていないと、魔の大平原で死にゆく。
しばらくは何かと理由をつけて独りで魔の大平原に行くのをとめた方が良いぐらいだ。
リージェンが聞いたリーメルさんの言葉に、どうやっても違和感が拭えない。
坊ちゃんは母親を限りなく愛していた。
リーメルさんも坊ちゃんに限りなく愛情を注いでいたのだ。
砦を守れ。
そんなことをリーメルさんが坊ちゃんに対して言うだろうか。
逆ならわかる。
砦を守らず、自由に生きてくれ、と言った言葉だったら本当に理解できる。
リージェンが語尾を聞き取れなかった可能性の方が高いとさえ思う。
リージェンは読唇術など身につけていない。
あの性格だ。そうと思い込んだら、そうとしか聞こえなかったとさえ思える。
ザックリと深く食い込んだ傷は、上級治療薬をかけたとしても無理だっただろう。即死でなく、言葉を残せたのさえ奇跡だ。だが、砦を守れと言う言葉なら、残さない方が坊ちゃんのためだったのではないだろうか。
砦を守らないで。
この方がしっくりくる。
砦を守れとリーメルさんに言われたら、坊ちゃんは守り続けるのではないか?
リーメルさんのために坊ちゃんは砦に縛られる。
しかも、それが最期の言葉なら。
自分を犠牲にしてまで。
自分を殺してまで。
だからこそ、解放できるのはリーメルさんだけだった。
リーメルさんは坊ちゃんの解放を願う。
坊ちゃんの自由が束縛されることを望んでいない。
砦からも、あの家からも。
リーメルさんはそういう人だった。
リーメルさんが本当は何と言ったか、リーメルさん以外誰にもわからない。
リージェンが嘘を言っているわけではないだろうが、アイツは聞き取れなかった、もしくは早とちりの可能性の方が本当に高い。
つきあい長い経験則から、そう感じてしまうのは仕方がない。
だから、もしリーメルさんが違う言葉を言っていたのなら、過去の真実を知る魔法があるのなら、いつか坊ちゃんを砦の呪縛から解放しなければならない。
真実が、砦を守れ、ではなければ、リージェンと一緒に坊ちゃんに土下座しよう。
自分の将来は自分の選択で自由に決めれば良いのだから。
それでも、坊ちゃんが自発的に砦を選択してくれれば幸いなのだが。
坊ちゃんが今の砦には必要だ。
まだまだ坊ちゃんの力が必要だ。
八歳児なのに、あの事務処理能力の高さは何なんだろうとさえ思うが、砦には本当に必要だ。
いらないというヤツがいたら、そいつを砦から叩き出してやりたいと思うくらいだ。
坊ちゃんはすでにリーメルさんを失い、生ける屍となっている。
それなのに、冒険者への指示は冷静かつ的確だった。俺とリージェンが魔の大平原に出たから魔物の大群を討伐できたのではなく、司令塔が良いからだ。
坊ちゃんのあの笑顔が、母親だけのものだけでないことを切に願う。
大切と思える人が彼の前に現れてくれることを。
俺たちでは到底及ばない。
可愛がっていた弟すら彼の目にはどうでもいいものとして映っているのだから。
それとも、いつかはこの関係性が変化していくのだろうか。
魔の大平原で亡くなった冒険者は火葬されて、砦近くの共同墓地に埋葬される。各個人の墓標はない。巨大な石柱が一つあるだけだ。
遺体がなければ、遺品を埋める。砦の冒険者なら、収納鞄があったとしても、一つか二つでもどうでもいい代物でも砦の宿泊している部屋に置いているものだ。それを埋める。
それで終わりだ。
だからこそ、坊ちゃんは怒りの目をしていたに違いない。
メルクイーン男爵家の墓があるのに、と。
街の外れに、街の住民の墓地は存在する。冒険者でも遺族が墓が欲しいと思えばそちらの方に埋葬する。
リーメルさんも坊ちゃんを可愛がっていた。
俺はリーメルさんが冒険者として埋葬されたいという希望を持つのも頷ける。遠くにある街の墓地より、砦近くから坊ちゃんを見守りたいという気持ちの方が強いのではないかと思う。
坊ちゃんからは、リーメルさんの希望ではなく、クズ親父が自分の家の墓に入れないための方便にしか聞こえていないようだった。
そして、彼らは最後に会いに来ようとさえしない。
まるで坊ちゃんの思い込みのような考えが当たりだと言うかのように。
坊ちゃんの態度からはあの男爵家が相当嫌いだということしか伝わってこない。
極度のマザコン、母上至上主義。
坊ちゃんを揶揄する者が口に出す言葉はこれぐらいの貧相なものだ。
身分は男爵家の三男。
坊ちゃんはクロ様の魔剣を持っているため、すでに剣の腕はC級冒険者より上だ。
博識で、この砦にいる誰よりも書類仕事ができてしまう。
魔法においては広範囲攻撃魔法は得意としないが、意外と変な魔法を使う。本来、誓約魔法はB級以上の魔導士や教会の神官ぐらいしか扱えないものなのだが、平然と使っている。
砦の冒険者の指揮官的存在。拡声魔法が砦で唯一使えるから見晴らし台にいさせる、というのはただの方便だ。指示が的確でない限り、冒険者は自分の判断で動いた方が良い。その指示の凄さをわからない者だけが坊ちゃんの文句を言う。あの乱戦のなかで、適切なランクの冒険者や人数を勝てる魔物に割り当て相手させる指示を出し続けることができる者はこの砦に他にはいない。
八歳児と聞かなければ、八歳児とは思えないほどの実力だ。
八歳の子供が母親を求めるのは当然だ。
だが、坊ちゃんはマザコンと散々言われているが、母親を困らせたことがない。魔の大平原に行くなと駄々を捏ねたり、反対に魔の大平原についていくとワガママ言ったりすることもない。
大人しく砦で待っていた。弟ができれば、弟を世話する。
母親が砦に戻ってくると、母上ー、母上ーとくっついていく。
他人に何と言われようと、母親を笑顔にするのが一番幸せだと言っている顔だった。
だから、皆が砦近くの墓標でリーメルさんに別れを済ませた後、最後に坊ちゃんを残した。
弟のアミールは渋っていたが、俺が手を引いて砦の出入口の方に歩いた。
だけど、足が止まってしまった。
坊ちゃんが泣きだした。泣いた方が良いと思ったから一人にしたはずだった。
「母上、母上ーっ、母上がいないなら、こんなところいたくないーっ。地獄に置いていくくらいなら、一緒に俺も連れていってよー、母上、、、」
最後はか細い声で母を呼んだ。
嗚咽が響く。
小さなカラダをより小さくして地面に丸まっていた。
アミールも聞いていた。片手はギュッと洋服の裾を握りしめて、泣きそうなのにものすごく堪えていた。
坊ちゃんはここを地獄と評価していた。
元々、坊ちゃんにとっては家も砦も地獄だったのだろう。
母親だけが救いの存在だった。
母親だけが愛する存在だった。
母親のためだけに生きていた。
それを永遠に失ってしまったのだ。
家の方は俺たちにはどうすることもできないが、俺たちは砦を良い方向へと導かなければならない。
坊ちゃんがせめて砦にいても良いかと思えるような場所になるように。
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