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3章 闇のなか
3-14 家庭教師の後始末 ◆アミール視点◆
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◆アミール視点◆
兄上は僕の手に触れた。
赤く腫れあがっている。
「痛いか?」
僕はコックリと頷く。
「(クズ)親父たちが帰って来るまで我慢できるか?」
「坊ちゃん、それって」
ナーヴァルさんが声を上げ、潜めた。
「アミールに我慢しろってことか?治療薬を飲めば、腫れも痛みもすぐなくなるのに」
「(クズ)親父が何もない状態で信じるわけがない。俺が言ったところで何も聞きやしない。貴族のご機嫌取りしかしないクズだからな」
「坊ちゃん、」
ナーヴァルさんの声が沈んでしまった。
「兄上っ、我慢できますっ。兄上が一緒にいてくれたら、大丈夫ですっ」
兄上にナデナデしてもらえたら我慢できる。今も頭を撫でてもらっているので我慢できる。
「わかった。けれど、明日、(クズ)親父に説明するのはお前一人だ。俺が出るのも、俺の名前が出るのも得策ではない」
「僕一人、」
「明日、俺が説明に来ようか?」
「ナーヴァルさんが出てきたら、俺の名前が必然的に出てしまう。(クズ)親父は俺に拒否反応を持っているんじゃないかと思うくらいだ。やめた方が良い」
「仕方ないねえ。私と爺さんがアイツをとめたって話にしとくか」
「ルンル婆さん、」
「え、儂かっ?儂を巻き込まないでおくれよ」
隣家のルンル婆さんと爺さんが立っていた。ルンル婆さんとは顔を良く合わせるが、爺さんを直接見るのは久々だった。
「爺さん、こんなときぐらい役に立ちな。アミールの叫び声が聞こえて、二人で行ったら執務室で襲われているところだった。爺さんが捨て身のタックルをして壁に激突させたって言っておくよ。相手が冒険者だったと言ってきたところで、ヨボヨボの爺さんにやられた手前、体裁が悪くてそう言っているんじゃないかと言えばいい」
「ルンル婆さん、ありがとうございます。アミール、アイツが執務室にいたということは、机や引き出しを物色していたということだな」
「そうです。それをとめようとしたら」
「アイツの授業内容や言動もひどいものだったのか?」
「ものすごくひどかったです。お父様たちが出発した後は、まだ何も教えてないのに、この問題を解けって言って、解けないのは当たり前なのに鞭で打つんです。兄上の方が何倍もわかりやすく優しく説明してくれますっ」
「(クズ)親父に説明するときは俺のことは言わないようにな、アミール」
「兄上の方が凄いのにー」
ぶくーっと頬を膨らませる。
兄上が久々に柔らかい笑顔になった。そして、僕の両頬を両手でプニプニと潰す。
「今日は(クズ)親父にどんな説明するか、きちんと打ち合わせしような」
「はいっ、兄上と一緒にいられるなら、どんな話題でも嬉しいです」
笑顔で兄上に抱きつく。顔は涙でグシャグシャだし、鞭で打たれた箇所が痛い。アイツが叩いたのは手だけではない。服で見えない場所を鞭で叩いていたのだ。
けれど、我慢できる。
「泣かせるねえ。坊ちゃんはもう少しアミールと一緒にいてやる時間を取れよ」
「ナーヴァルさん、砦のことを放置して良いのならいくらでも取るぞー」
「あ、そんな殺生な。今、坊ちゃんに放置されたら、砦は崩壊する」
「それは言い過ぎだ」
「言い過ぎじゃないぞー。今、魔物の販売許可証関係で準備が忙しいのに、坊ちゃんに抜けられたら砦に屍が増えるぞー」
「そうだな。アミール、今は忙しいから難しいが、(クズ)親父たちがいないときにはできるだけ夕食を一緒にしよう」
「はいっ、兄上っ、約束ですっ」
僕は兄上の両手を握って約束した。
「一度俺は砦に戻るが、氷水を用意する。タオルで痛いところを冷やしておけ」
兄上は井戸から水を桶に入れると、魔法で少し凍らせた。
そこにタオルを何枚か入れている。
兄上は知っているのだ。
手だけではないことを。
「アミールは家で休んでおけ。すぐに戻る」
僕は頷く。
「ナーヴァルさん、申し訳ありませんが、知り合いだという侯爵にお手紙をお願い致します」
「ああ、わかった。砦に戻ったらすぐに書こう」
僕は玄関先で二人を見送る。
「アミール、」
ルンル婆さんが声を掛けてきた。
「領主様が帰って来るまで、ゆっくり休んでおきな。痛みを和らげるお茶でもいれてやるよ」
「ありがとうございます」
ふと思う。
もし、これが兄上だったら。
あの家庭教師を迎撃するより、懐柔するのではないかと。
そうできなかった自分がほんの少し情けなくなった。
砦から帰ってきた兄上に優しくされ、僕はご機嫌だった。
一緒に食事をして、かけ湯してもらって、腫れを冷やしながら一緒に寝てくれた。
こんな痛みなんか我慢してやる。
予定通り、次の日の昼過ぎに父たちが帰ってきた。
兄上の言った通り説明をし、ルンル婆さんたちも押しかけてくれた。
その後、治療院に連れて行ってもらった。
父も侯爵に家庭教師への抗議文を速やかに送ったらしい。
その日の夕方、侯爵の名代を名乗る人物が現れ、謝罪と治療費を渡していた。
そして、他の家庭教師を紹介すると父に言っていた。
兄上がいれば、家庭教師なんていらないのに。家庭教師がいなければ、僕は砦に行けるのに。
その翌日には新しい家庭教師が来た。
優し気な笑顔で挨拶してくれた。兄上と同じ焦げ茶色の髪の色だった。髪の長さは腰まであるが。
前の家庭教師とは全然違い、基礎からしっかりと教え始めた。
魔法も覚えたいと言うと、では初級から学んでいきましょうねと応じてくれた。
こっそりと兄上に新しい家庭教師の報告すると。
最初は笑顔で聞いていたが。
「へえ、胡散臭いな」
と言った。
その目には一瞬警戒の色が浮かんだように見えた。
「その家庭教師の名前は?」
「ルイ・ミミスと言ってました」
兄上は目を閉じる。
「偽名か」
なぜわかるのかわからないが、その呟きは僕の心に残ってしまった。
家庭教師のルイは前の家庭教師と同じで週に五回、十時頃に家に来て、三時頃に帰っていく。
お昼はこれもまた前の家庭教師と同じで豪華な弁当を持参している。
父も最初は警戒していたようだが、ルイの話術にいつのまにか丸め込まれたようだ。
けれど、教え方は上手いので、教わることはしっかりと教わらなければならない。
「この家は使用人がいないと聞いていたからどんなものだろうと思っていたけど、清掃も行き届いているし、キミたちの肌艶も良いから栄養状態も悪くないのだろう。家族で家事を分担して協力してやっているの?」
ルイは雑談とばかりに僕に聞いた。
家族でなんかやっていない。
僕ができるのは、ささやかな手伝いだけだ。
「兄上が、、、やってます」
「あのお兄さんたちが?意外だね」
「違いますっ。あの人たちは何一つやっていません。砦にいる兄上が全部一人でやってますっ」
ルイは言葉をとめた。
何かを考えている。
「ええっと、あれ?長男が砦にいるんだよね?長男が全部家事をしているの?メルクイーン男爵家なんだから、家にいるあの二人は次男、三男だよね?砦での魔物販売許可証を取得したリアム・メルクイーンって長男だよね?」
「砦にいるのは三男のリアム・メルクイーン、僕の兄上です」
僕の言葉に、ルイは頭を抱えた。
「え?どういうことだ?砦の管理者で冒険者のリアム・メルクイーンってホントに三男?ええっと、確か三男の年齢は、、、」
「兄上は八歳です。もうそろそろ九歳になります」
そうだ、僕が何を祝えるわけではないが、兄上の誕生日を祝いたい。何かプレゼントできるだろうか。
ルイは驚愕の表情をまだ浮かべている。
「あの魔物販売許可証の書類を子供が書いたっていうのか?あ、砦にいる誰かに書かせた、とか」
「はあっ?兄上が一生懸命コツコツ書いたものですよっ。失礼ですねっ」
「確かに推薦署名以外の筆跡は一人のものだって聞いたが、まさか。。。ねえ、アミール、私がキミの兄上に会うことはできないかな」
え?
兄上が言った通り、ルイは胡散臭いものとなった。
兄上は僕の手に触れた。
赤く腫れあがっている。
「痛いか?」
僕はコックリと頷く。
「(クズ)親父たちが帰って来るまで我慢できるか?」
「坊ちゃん、それって」
ナーヴァルさんが声を上げ、潜めた。
「アミールに我慢しろってことか?治療薬を飲めば、腫れも痛みもすぐなくなるのに」
「(クズ)親父が何もない状態で信じるわけがない。俺が言ったところで何も聞きやしない。貴族のご機嫌取りしかしないクズだからな」
「坊ちゃん、」
ナーヴァルさんの声が沈んでしまった。
「兄上っ、我慢できますっ。兄上が一緒にいてくれたら、大丈夫ですっ」
兄上にナデナデしてもらえたら我慢できる。今も頭を撫でてもらっているので我慢できる。
「わかった。けれど、明日、(クズ)親父に説明するのはお前一人だ。俺が出るのも、俺の名前が出るのも得策ではない」
「僕一人、」
「明日、俺が説明に来ようか?」
「ナーヴァルさんが出てきたら、俺の名前が必然的に出てしまう。(クズ)親父は俺に拒否反応を持っているんじゃないかと思うくらいだ。やめた方が良い」
「仕方ないねえ。私と爺さんがアイツをとめたって話にしとくか」
「ルンル婆さん、」
「え、儂かっ?儂を巻き込まないでおくれよ」
隣家のルンル婆さんと爺さんが立っていた。ルンル婆さんとは顔を良く合わせるが、爺さんを直接見るのは久々だった。
「爺さん、こんなときぐらい役に立ちな。アミールの叫び声が聞こえて、二人で行ったら執務室で襲われているところだった。爺さんが捨て身のタックルをして壁に激突させたって言っておくよ。相手が冒険者だったと言ってきたところで、ヨボヨボの爺さんにやられた手前、体裁が悪くてそう言っているんじゃないかと言えばいい」
「ルンル婆さん、ありがとうございます。アミール、アイツが執務室にいたということは、机や引き出しを物色していたということだな」
「そうです。それをとめようとしたら」
「アイツの授業内容や言動もひどいものだったのか?」
「ものすごくひどかったです。お父様たちが出発した後は、まだ何も教えてないのに、この問題を解けって言って、解けないのは当たり前なのに鞭で打つんです。兄上の方が何倍もわかりやすく優しく説明してくれますっ」
「(クズ)親父に説明するときは俺のことは言わないようにな、アミール」
「兄上の方が凄いのにー」
ぶくーっと頬を膨らませる。
兄上が久々に柔らかい笑顔になった。そして、僕の両頬を両手でプニプニと潰す。
「今日は(クズ)親父にどんな説明するか、きちんと打ち合わせしような」
「はいっ、兄上と一緒にいられるなら、どんな話題でも嬉しいです」
笑顔で兄上に抱きつく。顔は涙でグシャグシャだし、鞭で打たれた箇所が痛い。アイツが叩いたのは手だけではない。服で見えない場所を鞭で叩いていたのだ。
けれど、我慢できる。
「泣かせるねえ。坊ちゃんはもう少しアミールと一緒にいてやる時間を取れよ」
「ナーヴァルさん、砦のことを放置して良いのならいくらでも取るぞー」
「あ、そんな殺生な。今、坊ちゃんに放置されたら、砦は崩壊する」
「それは言い過ぎだ」
「言い過ぎじゃないぞー。今、魔物の販売許可証関係で準備が忙しいのに、坊ちゃんに抜けられたら砦に屍が増えるぞー」
「そうだな。アミール、今は忙しいから難しいが、(クズ)親父たちがいないときにはできるだけ夕食を一緒にしよう」
「はいっ、兄上っ、約束ですっ」
僕は兄上の両手を握って約束した。
「一度俺は砦に戻るが、氷水を用意する。タオルで痛いところを冷やしておけ」
兄上は井戸から水を桶に入れると、魔法で少し凍らせた。
そこにタオルを何枚か入れている。
兄上は知っているのだ。
手だけではないことを。
「アミールは家で休んでおけ。すぐに戻る」
僕は頷く。
「ナーヴァルさん、申し訳ありませんが、知り合いだという侯爵にお手紙をお願い致します」
「ああ、わかった。砦に戻ったらすぐに書こう」
僕は玄関先で二人を見送る。
「アミール、」
ルンル婆さんが声を掛けてきた。
「領主様が帰って来るまで、ゆっくり休んでおきな。痛みを和らげるお茶でもいれてやるよ」
「ありがとうございます」
ふと思う。
もし、これが兄上だったら。
あの家庭教師を迎撃するより、懐柔するのではないかと。
そうできなかった自分がほんの少し情けなくなった。
砦から帰ってきた兄上に優しくされ、僕はご機嫌だった。
一緒に食事をして、かけ湯してもらって、腫れを冷やしながら一緒に寝てくれた。
こんな痛みなんか我慢してやる。
予定通り、次の日の昼過ぎに父たちが帰ってきた。
兄上の言った通り説明をし、ルンル婆さんたちも押しかけてくれた。
その後、治療院に連れて行ってもらった。
父も侯爵に家庭教師への抗議文を速やかに送ったらしい。
その日の夕方、侯爵の名代を名乗る人物が現れ、謝罪と治療費を渡していた。
そして、他の家庭教師を紹介すると父に言っていた。
兄上がいれば、家庭教師なんていらないのに。家庭教師がいなければ、僕は砦に行けるのに。
その翌日には新しい家庭教師が来た。
優し気な笑顔で挨拶してくれた。兄上と同じ焦げ茶色の髪の色だった。髪の長さは腰まであるが。
前の家庭教師とは全然違い、基礎からしっかりと教え始めた。
魔法も覚えたいと言うと、では初級から学んでいきましょうねと応じてくれた。
こっそりと兄上に新しい家庭教師の報告すると。
最初は笑顔で聞いていたが。
「へえ、胡散臭いな」
と言った。
その目には一瞬警戒の色が浮かんだように見えた。
「その家庭教師の名前は?」
「ルイ・ミミスと言ってました」
兄上は目を閉じる。
「偽名か」
なぜわかるのかわからないが、その呟きは僕の心に残ってしまった。
家庭教師のルイは前の家庭教師と同じで週に五回、十時頃に家に来て、三時頃に帰っていく。
お昼はこれもまた前の家庭教師と同じで豪華な弁当を持参している。
父も最初は警戒していたようだが、ルイの話術にいつのまにか丸め込まれたようだ。
けれど、教え方は上手いので、教わることはしっかりと教わらなければならない。
「この家は使用人がいないと聞いていたからどんなものだろうと思っていたけど、清掃も行き届いているし、キミたちの肌艶も良いから栄養状態も悪くないのだろう。家族で家事を分担して協力してやっているの?」
ルイは雑談とばかりに僕に聞いた。
家族でなんかやっていない。
僕ができるのは、ささやかな手伝いだけだ。
「兄上が、、、やってます」
「あのお兄さんたちが?意外だね」
「違いますっ。あの人たちは何一つやっていません。砦にいる兄上が全部一人でやってますっ」
ルイは言葉をとめた。
何かを考えている。
「ええっと、あれ?長男が砦にいるんだよね?長男が全部家事をしているの?メルクイーン男爵家なんだから、家にいるあの二人は次男、三男だよね?砦での魔物販売許可証を取得したリアム・メルクイーンって長男だよね?」
「砦にいるのは三男のリアム・メルクイーン、僕の兄上です」
僕の言葉に、ルイは頭を抱えた。
「え?どういうことだ?砦の管理者で冒険者のリアム・メルクイーンってホントに三男?ええっと、確か三男の年齢は、、、」
「兄上は八歳です。もうそろそろ九歳になります」
そうだ、僕が何を祝えるわけではないが、兄上の誕生日を祝いたい。何かプレゼントできるだろうか。
ルイは驚愕の表情をまだ浮かべている。
「あの魔物販売許可証の書類を子供が書いたっていうのか?あ、砦にいる誰かに書かせた、とか」
「はあっ?兄上が一生懸命コツコツ書いたものですよっ。失礼ですねっ」
「確かに推薦署名以外の筆跡は一人のものだって聞いたが、まさか。。。ねえ、アミール、私がキミの兄上に会うことはできないかな」
え?
兄上が言った通り、ルイは胡散臭いものとなった。
応援ありがとうございます!
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