解放の砦

さいはて旅行社

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3章 闇のなか

3-18 それでも、縋る

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 シロ様がいない。
 砦のなかを探しても、どこにも見つからない。
 俺が縋りたいと思っているから、逃げられているのか。
 それとも。

 母上が亡くなってから、かなり過ぎた。
 母上がいなくとも日常は続く。続いているように見えてしまう。

 俺は時間を見つけて毎日シロ様のお供え棚を磨いているが、目の端にさえ白いものは入り込まない。
 今日は一週間に一本のお酒をお供えする日。
 俺はコリコリつくねを小皿に盛って、お供え棚に置いた。その横に酒の小瓶。
 シロ様は現れない。

 俺はお供え棚の前に座る。
 座るというより蹲ると言った方が正しいか。

「シロ様、」

 もう俺には興味がないのだろうか。
 ツンツンシロ様の姿さえ見せてくれないのだろうか。
 人の姿でなくとも。


 お前が壊れる前にとめる。私もお前が壊れるくらいならば、ここから連れ去ってしまいたい。


 弟の世話で辛かったときはそう言ってくれたのに。
 仮誓約もしてくれたのに。
 母上の死は、それ以下なのだろうか。
 俺が壊れることはないとの考えなのだろうか。
 それとも。

「シロ様は、もう俺のこと、どうでもいいんですか」

 口に出したら、あまりにも悲しくて、ボロボロと涙が出てきてしまった。
 最愛の母上が亡くなって、理解者でもあるシロ様も失うのは痛い。

「母上がいないんですよ、シロ様、、、」

 俺はシロ様に捨てられたのか。
 もう俺との仮誓約も本誓約もどうでもいいと思われているのか。

 シロ様も失うとは思ってもみなかった。
 手に入れたと思ったすべてのものが、手から滑り落ちていく。

「シロ様ぁ、、、」

 俺はただの駄々っ子だ。
 まだ、八歳児なのだ。
 こんなにも失ったら泣くに決まっている。
 俺を先に捨てるのは、気分屋のクロではなく、ツンツンなシロ様だったのか。

 シロ様は一度口にしたら、責任を取りそうなタイプだ、と思っていたが、おこがましい考えだった。
 俺の価値なんてどこにもない。
 前世でも今世でも、家族にさえ見放される人間だ。
 そんな人間に何を求めるというのだろう。

 誰も来ない時間が過ぎた。
 砦の守護獣はS級以上の魔物が砦に近づかないと会えない。そういう存在に戻っただけだ。
 辺境伯をどこまでも愛しているシロ様には、俺は必要なくなってしまったのだ。

 俺は涙で濡れる目を擦った。
 もう時間だ。
 魔の大平原に行って、魔物を狩らなければ。


 目の端に。
 本当に微かに。
 白い残像が消えた。

 俺は立ち上がり走り、そこに飛んだ。タックルした。
 今、捕まえなければ、二度と俺には捕まらない。そんな気がした。

 そもそも、砦の守護獣。
 シロ様が本気になれば、俺に捕まるはずはない。

 俺はシロ様を捕まえ地面に転がったまま、シロ様に縋った。シロ様の顔を見られない。
 迷惑な表情を浮かべられていたら、怖い。

「シロ様、何で会いに来てくれなかったんですか」

 シロ様の返事がない。
 答えるのも嫌になったのか。

「リアム、すまない」

 謝られてしまった。
 ああ、やはり、俺は要らない子なのか。
 俺はシロ様を捕まえていた手の力を緩める。
 ボロボロとまた涙が零れてきた。

「シロ様、もう俺を嫌いになりましたか?俺のこと、どうでもよくなりましたか?」

「違っ、リアム。お前が私のことを許せないと思って、、、」

 シロ様は最後はとても小さい声になった。シロ様も俯いている。

「何で、俺がシロ様を許せないんですか。こんなにもシロ様に会いたかったのに」

「、、、私は、間に合わなかった。お前がリーメルのことをあんなにも慕っていて、あんなにも大切に想っていたのに、、、私には守る力があったのに」

「シロ様ぁー、」

 守る力があるのと、守れるかどうかは別の話だ。
 シロ様は確かに強い。S級以上の魔物より相当強い。
 だが。
 俺は母上を命を懸けてでも守ろうとするが、残念ながらシロ様にはその理由がない。
 砦の守護獣はS級未満の魔物には手を出すことはない。

「それに、私はお前の手に、私の魔剣が握られることを願ってしまっていた。。。お前に合わせる顔などなかった」

 俺の元に双剣が揃うということは、そういうことだ。

「でも、それも、シロ様のせいじゃないぃー。母上が魔物に襲われて亡くなったのも、魔剣の願いも、シロ様のせいじゃないぃー。シロ様、俺にすぐに会いに来てよー。壊れる前にとめるって言ったのにー。俺、母上が亡くなって辛かったよー。シロ様がいなくて寂しかったよー」

 泣く。
 ひたすら泣く。
 シロ様に訴える。訴えても良いのだとわかったから、とことん告げる。
 シロ様が俺の手に小さい手を触れている。

「クロが、、、クロがリアムのそばにいただろ」

「クロはシロ様の代わりにならないぃー」

「そ、そうか。すまなかった。私はお前にずっと恨まれているのだと思っていた」

「シロ様が俺に会いに来てくれなかったのを恨むぅー」

「うん、ありがとう、リアム」

 ほんの少し顔を上げると、シロ様の目にも涙が浮かんでいた。
 俺は駄々を捏ねる子供だ。前世の記憶があろうとも、いや、あるからこそ、俺より先に何かしてくれたものを離したくない。

 シロ様が言いたいこともわかるが、俺はシロ様に母上も守ってとは言わなかった。
 願う機会はあったのに。
 その時点で本当に責められるべきなのは、俺の方なのだろう。

 俺はシロ様を抱きしめる。シロ様ならどんなに抱きしめても潰れることはないだろう。

「シロ様ー、辛いときぐらいそばにいてくださいぃ」

 シロ様の体温が温かい。

「俺を見捨てないでくださいぃ」

 どこまでも縋る。
 シロ様は辺境伯のことが大好きだ。でも、辺境伯はもうこの世にいない。
 シロ様の大切だった人は、この世界にいない。

 俺がずるいのはわかっている。
 大切な人がそばにいないのなら、ほんの少しだけでもいいので、どうか俺をかまってください。

 最初に俺を見守ってくれたシロ様に願う。

「リアムがそれを私に望んでくれるのなら」

 シロ様が小さい声で言った。
 俺はずうぅっとシロ様に望むだろう。
 前世分の人生まで含めてしまうので重い男なのだ。

 ようやく俺はシロ様をつかまえた。




「美味しいな、リアムのコリコリつくねは」

 お供えした物を早速食べてもらった。

「いい匂いがしてると思ったらー、あー、シロ、ようやくリアムと話せたんだねー。だから言ってたのにー。リアムはシロのこと別に恨んでないよーって」

 クロが現れて、シロ様にお供えしたコリコリつくねの一つを強奪した。
 シロ様の、それは私のなのにー、と主張するちっこい手が可愛い。が、仕方なさそうに手を降ろした。

 こういう点はクロの方が俺のことをわかってくれているようだ。

「お前が言うと、本当のように聞こえん。余計に疑う」

 うんうん、それもわかる。

「僕はリアムが会いたがっているって教えたのにー。シロ様はー、って聞くリアムの寂しそうな表情は見てられなかったよー」

 クロにも迷惑かけたなー。クロの頭をなでなですると、クロは満足げな顔になった。
 シロ様が羨ましそうにクロを見た。俺と視線が合うとツンと横を向いてしまう。

 俺はシロ様に手を伸ばす。撫でると、シロ様も俺の手を拒まない。

「リアムの死んだ目をさらに死なすって、どういうことさー」

「それは本当にすまないと思っている」

「リアムは普通の人間とは考え方が全然違ってるんだよー。お門違いな恨み方はしないよー」

 はて?クロ、俺は普通の人間ですけど?普通の考え方ですけど?そこまでの逸脱はしていないつもりですけど?
 国か?国の違いか?
 育ちのせいか?

 愛されてこなかった者の執着はひどいのだ。身をもってシロ様にはわかっていただこう。
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