解放の砦

さいはて旅行社

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3章 闇のなか

3-19 ガラスの靴を履かせましょう

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 魔物の販売許可証に期待した街の店は多かったが、一次募集は冒険者相手が中心の店を選考基準にした。
 砦に入る店や工房の選考結果において、誓約書を交わす。
 この世界の誓約書は、前世の契約書と同じものだと思ってほしい。一方だけが誓うこともあるが、お互いに約束を守ることを誓い合う、みたいな感じだ。
 誓約魔法もそういう感じだが、誓約魔法の場合は魔法で自分、相手、もしくはお互いを縛る。罰則を決めていたのなら、自動で罰則まで発動される。

 砦との誓約は紙の誓約書で結ぶが、魔法では縛らない。誓約魔法にしてしまうと融通が利かないときもある。
 賃貸料の支払いが遅れた、事情も聞かずにすぐ追い出し、となると不便極まりない。
 何かしらの不都合が続くのなら、誓約魔法への切り替えを行う旨も書かれている。


 極西の砦としての出発で華々しい式典はしない。
 それぞれの店や工房が準備でき次第、それぞれ自由に開店する。
 そもそも、すでに魔物肉は販売を開始している。

 ただ、砦の三階の正面玄関は広い。
 貴族を迎える玄関なので超広い。
 なので、ここを砦で扱う商品の販売展示スペースとして開放している。
 ナーヴァルと確認している。砦長室も三階のやや奥にあるので、何かあったときに店の者が駆けつけられるように。

「店や工房の店主や職人、従業員にもネームプレートの支給をするのか」

「うん、客と区別がつくようにね。冒険者は冒険者プレートを日々つけている。この砦の冒険者は街に遊びに行くときにもつけている。習慣化されている。誓約魔法で砦内の移動可能な場所を、冒険者、店の者、客つまり部外者とわける」

「客が入れる範囲が一番狭いのか」

「そうしないと勝手気ままに入り込んで、魔の大平原にまで飛び出す馬鹿がいたら、俺たちの安全上問題だろう」

 馬鹿の救出ほど馬鹿らしいものはない。
 まあ、誓約魔法さえ壊すのなら確実に故意だが、砦の誓約魔法を破壊した場合、それ相応の違約金が請求される。
 なぜ違約金か。
 この砦に入場する部外者は、三階の玄関からしか入れない。そこから入場した部外者は、玄関先にズラズラと掲示されている誓約に同意したとされる。全自動で。
 そう、入場した者は砦と約束している状態なのである。だから相手が約束を違えたという違約金という表現を俺は使う。嫌なら、砦に入らなければいい、ということなのである。
 きちんと読まないと、けっこう痛い目に遭う文章もある。ただ、お客として普通に選んで購入していただく分にはまったく問題はないのだが、そこから逸脱してしまうと誓約魔法に引っかかることになる。
 そういう人間がいないことを願うばかりだが、予測して対策をしておくこと方がいらぬ心配もしなくて済む。

「店の人たちはまだ三階の玄関が開いていないときにも出入りしたいときもあるだろうし、砦に食材等を納品する業者も普通にいるしね。それにシロ様のお供え棚に直接供えたい街の人たちも多いだろうし」

 シロ様のお供え棚はいつも人気だ。
 このところ、シロ様お気に入りの銘柄の酒をお供えしていく者も出てきた。
 シロ様がツンツンしながらも、ウキっと心を動かされているのを俺は知っているぞー。

「そのシロ様、最近、お前の頭にへばりついているのは、なぜだ?」

 ナーヴァルの視線が常々、俺の頭の上に向いていることは知っていた。質問したくともできなかった感がある。シロ様に睨まれたのだろうか?
 伸縮自在のシロ様は一番小さいサイズ、いつものオコジョもどきサイズよりさらに小型のハムスターサイズになって、俺の頭にのっている。重くないように俺に配慮したようだ。
 会えなくなって禁断症状が出たのは俺だけではなかった。今、シロ様は俺が砦にいる間、ずっと俺の頭にくっついている。

「嬉しいことです」

 かまってもらえるの、嬉しいー。

「そりゃ、坊ちゃんにとってはそうかもしれないが」

「けど、街の皆さんに俺まで一緒に拝まれているように見えるのは、さすがに何とかした方がいい気もします」

 シロ様の姿を見ると、お供えや店の準備に来た街の皆は即座に拝みに来る。その下にいる俺も一緒にその場に立ってなければならないので、普通の人間の俺には心苦しいばかり。

「いや、坊ちゃんも一緒に拝まれているんだぞ」

「なぜ?」

「シロ様が日常的に一緒にいる人間なんて、辺境伯以外いなかったからだろ」

「そりゃ、最初が最強の辺境伯だったら、どんな人間も霞んでしまいますよ」

 クバード・スート辺境伯は超人だった。よほどの人間でない限り、辺境伯を超える人間はいないだろう。
 俺は赤ん坊の頃からの付き合いの特別枠だ。砦に赤ん坊なんていなかった。辺境伯の思い出話に付き合える人間もいなかっただろう。俺も赤ん坊の頃は時間が無限のようにあったからな。良い聞き役だったはずだ。
 俺もいつか母上の思い出を人に話せるときが来るだろうか。

「リアムー、とろとろー」

 次は黒いのが来た。
 背中に風呂敷を背負っている。中には魔物卵が詰まっている。
 クロとシロ様は基本的に同じサイズで俺の前に現れる。シロ様が小型ハムスターサイズなら、クロもそのサイズになってしまっている。背負っている風呂敷の方が超デカい。風呂敷が歩いているようにさえ見える。

「クロー、どれだけ拾って来たんだ?」

 実際、品数が多い弁当を作るよりもオムライスを作る方が楽なので、俺的にはありがたいのだが。しかも、クロが毎日のように食べたい食べたいしているので、魔物卵を魔の大平原から拾ってきてくれる。拾ってくる卵の数が数なので、かなり広範囲から集めてくれているのだろう。余った分は状態保存の収納鞄に入れておけば、必要な時に取り出せる。

 昼食時間の食堂は空いている。砦の冒険者の昼食は朝食時に渡すお弁当なので、食堂には調整日の冒険者が水やお茶を取りに来て部屋に戻るのが面倒だからと食べている者しかいない。
 厨房はクトフが下準備にいるくらいである。

「今日もオムライス作るのかー?」

「うん、厨房を少し貸してくれ」

「その代わり、俺の分も作ってくれ」

 クトフも待っていたようだ。厨房で昼食を作らないときは、今後言っておいた方がいい気がしてきた。クトフに昼食を抜いて待たれていたら目も当てられない。

 四人分を作ると、クロの頬が膨れる。
 ほっぺがプクプクに膨れ上がる。

「リアムは何でー、シロの分も作るのー?お昼は僕のって言ってるじゃーん」

「お弁当じゃないから、いいじゃん」

「ぷへっ」

 俺はクロの頬をプニプニ触って、潰す。いやー、可愛いほっぺだ。
 クロはクトフの分を作るのには文句を言わない。

「今日も良い弾力だなー」

「そのやりとりも日課なの?」

 クトフがスプーンを並べている。厨房にも下準備等するためのテーブルがある。食堂で食べてもいいが、興味を持たれても面倒だ。クトフがオムライスを作れるようになったら販売でもしたらいいだろう。

 クロもシロ様もクトフも幸せそうな表情を浮かべて食べている。
 今日は特にとろとろ加減がいい。日に日に上達しているような気がする。毎日作らされているからな。。。

「三階の店も開き始めたって聞いたけど」

「準備が整い次第、それぞれの店ごとに開けてもらっているよ」

「鍛冶屋さんが来てくれたのは、皆ありがたかったみたいだね。剣の修理もすぐにしてもらえるし」

 鍛冶屋の場合は砦の三階に店、一階に工房がある。火や大量の水を使用するような工房の場合、やはり三階では難しいとの判断からだ。一階の一画にまとめて各工房が入っている。
 三階の店でもその部屋のすべてのスペースで商品販売しているのではなく、半分くらいは作業場として使うところが多い。部屋自体が広いからできる配置だ。

「冒険者でも三階玄関の展示物を見て、ガラスの靴に興味持ってるよ」

「あー、あれ?ビロビロで作ったものだけどね」

 ガラスの靴と言いながら、ガラス製ではない。注意書きにもしっかり書いてある。シンデレラのガラスの靴を模して、ヒールの高い透明なパンプスを魔法で作ってみました。
 シンデレラのガラスの靴って展示されても、この世界の人は何のことかわからないので、簡単なあらすじと俺が描いた拙い絵本を横に並べておいた。
 砦にはこのぐらいの加工技術があるんですよー、という展示品だ。意味あるかはわからないけど。

「うん、副砦長がアレで走っていたのを見たときは驚いたよ」

 驚いただけで済むのがリージェンだな。

 試しに大きいサイズも作って、リージェンに履かせて魔の大平原を全力疾走で走ってもらった。
 意外と走れるもんなんだなー、という感想をいただきました。イケメンは何をしてもイケメンだ。じっと見ていたナーヴァルにはやらせないけど。表向きのお断りの理由は補助具つけているから、である。

 本物のガラス製の靴だと、歩くのさえ辛いだろう。まあ、アレも魔法がある世界だから、何とかなっているのかもしれないねえ。
 その点ビロビロは強く柔らかという謎仕様である。足にフィットしながらも、リージェンが全力疾走で走っても細いヒールは折れない。
 けれど、毎日履くと一年くらいでダメになるようだ。ちょっとずつ柔らかくなって広がっていく。
 このガラスの靴は恐ろしいほど高い値段にしているので、買って行くのは貴族だろう。貴族は一年も同じ靴を履くなんてことはありえない。
 それでも、注意書きには書いているけどね。貴族のご令嬢が一回使用した後に、サイズの合う使用人が貰っていくこともあり得るのだから。

 元は在庫過多の無料のビロビロ、加工は俺の魔法。実質無料。売れるといいなー。ぼろ儲けだぜ。
 ま、売れないと思うけど。砦の飾りである。
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