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11章 善意という名を借りた何か
11-3 鏡よ鏡、
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髪がみょんみょん跳ねている。
アウが鏡を見せて指摘するとすぐにおさまるのだが、しばらくすると面白いように跳ねてくる。
自分で魔法をかけておきながら、見ている分には意外と笑える。
「イン、今日はどうしたの?」
見かねてアウがインに尋ねた。
「えっ、ああ、何でもない。ちょっと疲れているだけだ」
いつものような覇気もない。
力なき笑顔でアウにも対応する。
「インが元いた部署でトラブル発生か。インが元々担当していた国か」
「っ」
俺が指摘すると、インが驚いたように俺を見た。
これぐらいなら検索魔法で調べればわかってしまうことなのだが。
「まあ、期間限定のこの書類改善が終われば、インもアウも元の部署に戻るのだろう?なら、恩を売っておいて損はない。ただし、この業務に支障が出ない範囲で頼む」
「あ、、、はい」
それでも、インの表情は冴えない。
ふむ。
もう少し深く探ってみるか。
「、、、はあっ?何でそうなっている」
「どうした、リアム?」
ゾーイが席から立って、俺の近くに来てしまった。
「現担当者がやらかしたことなのに、前担当者インの引継ぎが悪かったと宣っているようだ」
ビクッとインが肩を揺らした。
そのせいでインが呼び出しを食らい、後始末の手伝いまでしていたようだ。
上司も何でそんなアホな主張を受け入れたのか。
「毎度のことながら、リアムの情報収集力には舌を巻くぞ」
「ひどい冒険者ギルド職員もいたものだ。行くぞっ」
「ええっ、どこにっ?」
ゴウさんが慌てて立ち上がった。
会話の内容から行先はゴウさんでも推測できるはずだが。
「証拠を隠滅しない内に、正すべきものは正しておく」
「リアムさん、インのためにそこまで」
アウがジーンとした表情をしているが、なんか勘違いしている。
「違うぞ、アウ。無能な給料泥棒のせいでこちらの業務が滞ることは許されない。インがその性格で多少痛い目に遭うのは自業自得だが、これからもこちらに影響させる気ならば受けてたつ」
「リアムは仕事しない馬鹿は嫌いだからなあ。私も責任を他人に押しつけるのはどうかと思うが」
バージも立ち上がってしまった。
従者くんはゾーイが動くところには基本的についていくから。
んで、ゴウさんが通路に出る扉を通せんぼしている。
どゆこと?
「待て、リアム。こういうときのためにズィーが存在しているんだろっ。ズィーに連絡して対処してもらうから、お前が動くのは待てっ」
「何を言っている?ゴウさんがズィーさんに報告するのは夜だろ。今日一日インがこの状態のままで仕事してろと言うのか?作業効率をどれだけ下げる気だ?元だろうと前だろうと上の人間に降格処分やら何やらチラつかされたら、一般職員は何も言えないだろうが。というわけで、そこを退け、ゴウ」
「あ、ゴウさん、リアムが年上の人を呼び捨てにするときは本気だから、邪魔するのはやめた方が身のためだと思いますよ」
バージが謎の説明をゴウさんにしてくれた。
ゴウさんもすぐさま扉から離れる。素直だなあ。
「ええっと、じゃあ、俺もついていく。それと暴力沙汰だけは避けてくれるかな?」
「ゴウさんじゃあるまいし、証拠が隠滅されず棚に揃っている今、手出しする可能性があるのは向こうの方だ」
さっさと行って、さっさと解決しよう。
「ええーーーーっ、ど、どこに行くんですかーーーっ」
あれ?
もう一度同じ問いが大声で後ろから聞こえた。インからだが。
さて、行くか。
無視するなーって大声が聞こえるが、さっさと行く。時間がもったいない。
「何で迷わず来れるんだ?総本部は案内図なんて書いてないのに」
後ろからついてきたゴウさんがごにょごにょ言っている。リアムだからー、と答えているのはバージである。
二階にある広大なフロアを占有している大陸東担当の部屋である。
「え、えっと、どのようなご用件でしょうか」
いきなり扉を開けた部外者に、近くに座っていた職員が慌てて対応する。
通常、事前の約束でもしない限り、どう見ても冒険者らしい身なりの者が部屋にやって来ることはない。来客時は別の会議室やら応接室でほとんどが対応されている。
「俺がここまでするのは越権行為だとは知っているが、このままでは業務上支障が出る上、加害者に証拠隠滅される恐れがある。というわけで、この件に対して苦情があるのならば苦情処理担当ズィーに報告しろ」
堂々と声が部屋に響き渡るように宣言した後、俺は目的の棚に歩いていく。
あー、開かないなあ。そりゃ、鍵がかかる棚を使うよね。
「ここの鍵は上司の許可がないと、、、」
インが慌てて言ったが。
面倒だから魔法で開けちゃった。
ガンッと開けて、該当のファイルを取り出す。
「お、お前たち、ここで何をしている?」
ようやくこの場にいなかったインの前上司が騒ぎを聞きつけて現れた。手にはお茶の入ったカップを持っている。給湯室とか入り浸っていたんかな?仕事しろ。
この上司がインの話をまともに聞かずに、インに全責任を押しつける気でいた男である。
この棚の近くに並んでいる机にいるのがインの元仕事仲間なのだが、まだ唖然として俺たちを見ているだけだ。
「インの前上司よ。ここに今回のトラブルに対する元凶の証拠書類が存在する。どうやら、インから仕事を引き継いだ現担当者は前担当者インからの連絡ミスだと言い張っているようだが、現担当者が上司の指示を仰がず独断で行っているのだから、すべての責任は現担当者にある。ここにファイルされているその現担当者が作成した書類こそが動かぬ証拠だ」
ファイルから数枚の紙を取り出して、この部屋にいる周囲の職員にも見せる。
もちろん、この部屋には大陸東エリア担当の職員が山ほどいるので、証人には事欠かない。
「そもそも、この書類が上司に来ている時点でとめずに決裁の魔法印を押した上司の責任もある。にもかかわらず前担当者に詳細を何も聞かずに、全責任を押しつけようとしたのは片腹痛い。しかも、現在インが所属している書類改善担当に何の連絡もなく無断で職員を使用したことは職権乱用のなにものでもない。さて、何か申し開きはあるか?」
「あ、え、その?」
インの前上司はほどほどの年齢を重ねているようだが、この状況に対応できないようだ。
目が泳ぎまくっている。
「あらー、インは冒険者に泣きついたのー?」
胸が豊満な若い女性だ。総本部事務職員の制服を着ていており、前上司の肩に手を置いた。
彼の顔が一瞬デレッとなる。
なんてまあわかりやすいことだろう。
「ああ、そうか、そこまでは見えていなかったな」
俺の検索魔法もまだまだだ。改善の余地があるな。
とは言っても、情報収集魔法を多少使いやすくしただけなので、致し方ない。俺が調べようとしないことは引っ掛かりもしない。
現担当者の色仕掛けで、この上司は仕事でやってはいけないことをやってしまったようだ。
「え?」
「俺は書類改善担当のリアム・メルクイーンだ。期間限定とはいえ現時点では俺はインの上司にあたる。指揮命令系統として、インは俺の命令で動く。職務を逸脱した行為をしたのはそこの前上司だ」
「それなら、インがそう言えば良かったんじゃないー?言わなかったインが悪いわよ」
コイツは自分がこの上司に泣きついたわりに、けっこう強かである。
こういう面の皮が厚い人間にはもっと最適な部署があると思うが。やはり冒険者ギルド総本部って適材適所って言葉を知らないんだな。
「たとえ権限がない者であっても、上の者に何か言われたら、自分の方に理があったとしてもそれを盾に反論できる一般職員は少ない。だからこそ、上の者は手順を踏んでやらなければならないし、上の者は正しい行為をしている部下を守るべきだ」
「あら?貴方は確かインが選民意識があると糾弾したのではなくて?そんな部下も守ると?」
この女性職員は馬鹿にしたような笑いを浮かべた。多少なりとも他の部署にも情報は耳に入っているようだ。
俺も口の端で笑う。
「責任も後始末も誰かになすりつける無能な者なら、俺は一切動かない。選民意識があろうとなかろうと、俺の下で仕事をしっかりするなら何の問題はないし、その仕事の邪魔をする者は排除する」
「そんな権限、貴方に」
女性職員が笑いながら反論しようとしたが、俺は言葉を重ねる。
「冒険者ギルド総本部の懲罰規程により、懲罰委員会にこの件を押収した証拠とともに報告する。この委員会が形骸化していないことを祈る」
これ以上、仕事の時間を削られるのは嫌なので、面倒ごとは他者に振る。
アウが鏡を見せて指摘するとすぐにおさまるのだが、しばらくすると面白いように跳ねてくる。
自分で魔法をかけておきながら、見ている分には意外と笑える。
「イン、今日はどうしたの?」
見かねてアウがインに尋ねた。
「えっ、ああ、何でもない。ちょっと疲れているだけだ」
いつものような覇気もない。
力なき笑顔でアウにも対応する。
「インが元いた部署でトラブル発生か。インが元々担当していた国か」
「っ」
俺が指摘すると、インが驚いたように俺を見た。
これぐらいなら検索魔法で調べればわかってしまうことなのだが。
「まあ、期間限定のこの書類改善が終われば、インもアウも元の部署に戻るのだろう?なら、恩を売っておいて損はない。ただし、この業務に支障が出ない範囲で頼む」
「あ、、、はい」
それでも、インの表情は冴えない。
ふむ。
もう少し深く探ってみるか。
「、、、はあっ?何でそうなっている」
「どうした、リアム?」
ゾーイが席から立って、俺の近くに来てしまった。
「現担当者がやらかしたことなのに、前担当者インの引継ぎが悪かったと宣っているようだ」
ビクッとインが肩を揺らした。
そのせいでインが呼び出しを食らい、後始末の手伝いまでしていたようだ。
上司も何でそんなアホな主張を受け入れたのか。
「毎度のことながら、リアムの情報収集力には舌を巻くぞ」
「ひどい冒険者ギルド職員もいたものだ。行くぞっ」
「ええっ、どこにっ?」
ゴウさんが慌てて立ち上がった。
会話の内容から行先はゴウさんでも推測できるはずだが。
「証拠を隠滅しない内に、正すべきものは正しておく」
「リアムさん、インのためにそこまで」
アウがジーンとした表情をしているが、なんか勘違いしている。
「違うぞ、アウ。無能な給料泥棒のせいでこちらの業務が滞ることは許されない。インがその性格で多少痛い目に遭うのは自業自得だが、これからもこちらに影響させる気ならば受けてたつ」
「リアムは仕事しない馬鹿は嫌いだからなあ。私も責任を他人に押しつけるのはどうかと思うが」
バージも立ち上がってしまった。
従者くんはゾーイが動くところには基本的についていくから。
んで、ゴウさんが通路に出る扉を通せんぼしている。
どゆこと?
「待て、リアム。こういうときのためにズィーが存在しているんだろっ。ズィーに連絡して対処してもらうから、お前が動くのは待てっ」
「何を言っている?ゴウさんがズィーさんに報告するのは夜だろ。今日一日インがこの状態のままで仕事してろと言うのか?作業効率をどれだけ下げる気だ?元だろうと前だろうと上の人間に降格処分やら何やらチラつかされたら、一般職員は何も言えないだろうが。というわけで、そこを退け、ゴウ」
「あ、ゴウさん、リアムが年上の人を呼び捨てにするときは本気だから、邪魔するのはやめた方が身のためだと思いますよ」
バージが謎の説明をゴウさんにしてくれた。
ゴウさんもすぐさま扉から離れる。素直だなあ。
「ええっと、じゃあ、俺もついていく。それと暴力沙汰だけは避けてくれるかな?」
「ゴウさんじゃあるまいし、証拠が隠滅されず棚に揃っている今、手出しする可能性があるのは向こうの方だ」
さっさと行って、さっさと解決しよう。
「ええーーーーっ、ど、どこに行くんですかーーーっ」
あれ?
もう一度同じ問いが大声で後ろから聞こえた。インからだが。
さて、行くか。
無視するなーって大声が聞こえるが、さっさと行く。時間がもったいない。
「何で迷わず来れるんだ?総本部は案内図なんて書いてないのに」
後ろからついてきたゴウさんがごにょごにょ言っている。リアムだからー、と答えているのはバージである。
二階にある広大なフロアを占有している大陸東担当の部屋である。
「え、えっと、どのようなご用件でしょうか」
いきなり扉を開けた部外者に、近くに座っていた職員が慌てて対応する。
通常、事前の約束でもしない限り、どう見ても冒険者らしい身なりの者が部屋にやって来ることはない。来客時は別の会議室やら応接室でほとんどが対応されている。
「俺がここまでするのは越権行為だとは知っているが、このままでは業務上支障が出る上、加害者に証拠隠滅される恐れがある。というわけで、この件に対して苦情があるのならば苦情処理担当ズィーに報告しろ」
堂々と声が部屋に響き渡るように宣言した後、俺は目的の棚に歩いていく。
あー、開かないなあ。そりゃ、鍵がかかる棚を使うよね。
「ここの鍵は上司の許可がないと、、、」
インが慌てて言ったが。
面倒だから魔法で開けちゃった。
ガンッと開けて、該当のファイルを取り出す。
「お、お前たち、ここで何をしている?」
ようやくこの場にいなかったインの前上司が騒ぎを聞きつけて現れた。手にはお茶の入ったカップを持っている。給湯室とか入り浸っていたんかな?仕事しろ。
この上司がインの話をまともに聞かずに、インに全責任を押しつける気でいた男である。
この棚の近くに並んでいる机にいるのがインの元仕事仲間なのだが、まだ唖然として俺たちを見ているだけだ。
「インの前上司よ。ここに今回のトラブルに対する元凶の証拠書類が存在する。どうやら、インから仕事を引き継いだ現担当者は前担当者インからの連絡ミスだと言い張っているようだが、現担当者が上司の指示を仰がず独断で行っているのだから、すべての責任は現担当者にある。ここにファイルされているその現担当者が作成した書類こそが動かぬ証拠だ」
ファイルから数枚の紙を取り出して、この部屋にいる周囲の職員にも見せる。
もちろん、この部屋には大陸東エリア担当の職員が山ほどいるので、証人には事欠かない。
「そもそも、この書類が上司に来ている時点でとめずに決裁の魔法印を押した上司の責任もある。にもかかわらず前担当者に詳細を何も聞かずに、全責任を押しつけようとしたのは片腹痛い。しかも、現在インが所属している書類改善担当に何の連絡もなく無断で職員を使用したことは職権乱用のなにものでもない。さて、何か申し開きはあるか?」
「あ、え、その?」
インの前上司はほどほどの年齢を重ねているようだが、この状況に対応できないようだ。
目が泳ぎまくっている。
「あらー、インは冒険者に泣きついたのー?」
胸が豊満な若い女性だ。総本部事務職員の制服を着ていており、前上司の肩に手を置いた。
彼の顔が一瞬デレッとなる。
なんてまあわかりやすいことだろう。
「ああ、そうか、そこまでは見えていなかったな」
俺の検索魔法もまだまだだ。改善の余地があるな。
とは言っても、情報収集魔法を多少使いやすくしただけなので、致し方ない。俺が調べようとしないことは引っ掛かりもしない。
現担当者の色仕掛けで、この上司は仕事でやってはいけないことをやってしまったようだ。
「え?」
「俺は書類改善担当のリアム・メルクイーンだ。期間限定とはいえ現時点では俺はインの上司にあたる。指揮命令系統として、インは俺の命令で動く。職務を逸脱した行為をしたのはそこの前上司だ」
「それなら、インがそう言えば良かったんじゃないー?言わなかったインが悪いわよ」
コイツは自分がこの上司に泣きついたわりに、けっこう強かである。
こういう面の皮が厚い人間にはもっと最適な部署があると思うが。やはり冒険者ギルド総本部って適材適所って言葉を知らないんだな。
「たとえ権限がない者であっても、上の者に何か言われたら、自分の方に理があったとしてもそれを盾に反論できる一般職員は少ない。だからこそ、上の者は手順を踏んでやらなければならないし、上の者は正しい行為をしている部下を守るべきだ」
「あら?貴方は確かインが選民意識があると糾弾したのではなくて?そんな部下も守ると?」
この女性職員は馬鹿にしたような笑いを浮かべた。多少なりとも他の部署にも情報は耳に入っているようだ。
俺も口の端で笑う。
「責任も後始末も誰かになすりつける無能な者なら、俺は一切動かない。選民意識があろうとなかろうと、俺の下で仕事をしっかりするなら何の問題はないし、その仕事の邪魔をする者は排除する」
「そんな権限、貴方に」
女性職員が笑いながら反論しようとしたが、俺は言葉を重ねる。
「冒険者ギルド総本部の懲罰規程により、懲罰委員会にこの件を押収した証拠とともに報告する。この委員会が形骸化していないことを祈る」
これ以上、仕事の時間を削られるのは嫌なので、面倒ごとは他者に振る。
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